第2章  環境問題と企業経営



 第1節 史上最強の殺人ウイルス/エボラザイール


 今年(1995年)に入ってから、阪神大震災(1995.1.17)、オウム真理教による地下鉄サリン事件など、信じられないような出来事が続き、つくづく世も末だと感じる。中央アフリカのザイールの首都キンシャサ近郊(東方約500qにあるキクイト)で発生し、すでに200人を越える犠牲者(最終的には233人)が出たとされるエボラ熱に至っては、事の重大性はあまり伝えられていないが、あまりにも恐ろしい伝染病であるだけに、身の毛もよだつ恐怖感を感じる。
 この伝染病の発生は、ただ単に、アフリカの一地方、熱帯雨林で起きた地域的な出来事にとどまらず、今後の産業社会のあり方をも含んだ、大きな問題を提起している。以下これを立ち入って考えてみよう。
 まず、エボラ出血熱が発病するメカニズムを、次の図に示したので読んでほしい。

「エボラウイルス」



 エボラ熱は、エマージング・ウィルス(emarging virus)の一種(フィロウイルス)とされ、これまでにマールブルグ、エボラレストン、エボラスーダン、それに今回ザイールをおそったエボラザイールの4種が確認されている。このうちマールブルグはミドリザル、エボラレストンはカニクイザルを経由し熱帯雨林地帯から海外へ侵入した。日本では観光旅行者が帰国後に発病したが、それがエボラ熱であったかどうかについては、確定されていないようである。のちのCDC(アメリカ疾病対策センター)の検査では、エボラでないことが判明した。(図−「殺人ウイルスの感染経路」参照)
 患者の血液、体液などから感染し、約1週間の潜伏期間で発病、骨と骨格筋以外のすべての組織を破壊しつくし、数日で体中から血を吹いて死に至る(エボラザイールの場合致死率90%)。空気伝染はしないので、徹底した隔離によって、エイズのような全世界への蔓延は避けられるのが不幸中の幸いである。原稿を書いている1995年7月現在、報道によれば、エボラザイールもすでに峠を越えたようさ。


「エボラウイルスの発生地」



 エボラ出血熱については、すでに日本でも95年4月に、映画『アウトブレイク』(ダスティン・ホフマン主演)で紹介され、リチャードプ・レストンの『ホット・ゾーン(上・下)』(飛鳥新社、平成6年12月)に詳しい。ただし、この本を読んでいるときは、食事が喉を通らないのでご注意。映画「アウトブレイク」は、娯楽映画用に、内容が、かなり変えられているので、事実関係が違うことをお忘れなく。
 今の所、エボラ出血熱は空気伝染はしないとされるが、アメリカ、ワシントン近郊に上陸したエボラは、「ホット・ゾーン」によれば、猿から猿へ空気伝染した形跡が認められる。ただし、人間の体内では感染するも発病しなかった。
 図(エマージング・ウイルスの震源地)に見られるように、元々エボラ出血熱のウイルスは、熱帯雨林の中に生息するネズミか、フクロウか、あるいは昆虫に寄生し、数10億年という時空を生きながらえてきたものだ。繁殖は、DNAではなく、原始的なRNAによる。いつ何時、エイズのように人類を破滅に追いやる可能性のある凶暴なウイルスに、突然変異しないとも限らない。
 農場を拓き、工場を建設し、生活のために、そこに町を作り、爆発的な人口増加はこのようにして可能になった。こうして熱帯雨林の生態系に接近したことが、エボラウイルスと人間との遭遇を引き起こしたという事は確実に言えるだろう。
 もしも地球上に生存し得る種の多様性に、生態系という自然の非情な摂理があるとしたら、このエボラウイルスこそ、自然界が人類に使わした、生態系維持のための「刺客」と言うことも可能である。
 『ホットゾーン』の著者、リチャード・プレストンは次のように述べている。 「エイズ、エボラを始め多くの熱帯雨林系のウイルスが出現したことは、熱帯の生物圏が破壊された当然の結果のように思えてならない。新顔のウイルスは、環境破壊の進んだ地域から浮上している。その多くは、綻びかけた熱帯雨林の一隅か、人間の入植が急速に進んでいる熱帯のサヴァンナから生まれているようだ。」

「エマージングウイルスの感染源」



 「ある意味で、地球は人類に対して拒絶反応を起こしているのかもしれない。人間という寄生体、その洪水のような増加、地球の全域を覆っているコンクリートの死斑、ヨーロッパ、日本、そしてアメリカに癌のように広がる工場廃棄物埋め立て地ーーすべてこういった現象に対して、地球は自己防衛反応を起こし始めているのかもしれない。たしかにいま、人類はとめどなく増殖し、その居住地は拡大の一途をたどって、生物圏を大量絶滅の危機に追いやっているではないか。」
 「あるいは、こういう見方もできるだろう―わずか百年の間に起きた人口の爆発的増加は、ウイルスの前に、突然、大量の肉を投げ出したのだ、と。しかも、その肉は、この地球の至るところの生物圏に転がっていて、なお且つ、それを食い尽くそうとする生命体から、自己を守る術を持っていないのだ。
 自然は、それ自体のバランスを保つ興味深い方法を知っている。熱帯雨林は独特の自衛法を備えている。地球の免疫システムは今、自己を脅かす人類の存在に気づいて、活動を始めたのかもしれない。人間という寄生体の感染から自己を守ろうとしているのかもしれない。ひょっとしてエイズは、地球の自己浄化プロセスの最初の一歩なのだろうか。」


ベトナム、ホーチミン近郊の森林。森林を切り開いて、開発が進んでいる。飛行機から。1999年8月。

 「この先人類がホットなウイルスの犠牲にならずに五十億、ないしそれ以上の人口を維持していけるかどうかは、一つの未解決の疑問として残るだろう。その答えはおそらく、熱帯の生態系の迷路の中に隠されている。エイズは熱帯雨林の復讐なのだ。しかも、その復讐は、まだほんの第一幕が切って落とされたにすぎない。」(1)
 この際経済活動のあり方を冷静に見直してみる必要がありそうだ。ちなみに、今世間を騒がせているオウム真理教は、このエボラザイールを殺人兵器として開発・応用しようとした形跡がある。(1995/7執筆)

 (1)リチャード・プレストン『ホットゾーン』(下)、飛鳥新社、平成6年12月、   pp.232-236


    


EARTH ENVIROのコーナーへ戻る