はじめに


 急激に変化する社会経済状況の中にあって、今後の企業経営にはどのような対応が求められるのであろうか。このような問いかけに対して、個々の企業ごとに、対応はが差万別であることは明らかだ。企業規模、業種・業態が異なれば、当然その置かれている現状や目指す方向が異なるからである。また企業が立地している地域の特性にも、そのあり方は左右される。
 急速な技術革新、国際化、高齢化、環境問題、日本型経営システムの危機、都市化、過疎、少子化現象、女性の社会進出、途上国の追い上げ、市場の成熟化、ニーズの細分化など、企業環境は日々複雑さを増してきている。これらのどれをとっても、一言では語り尽くすことの出来ない複雑さをもって、私たちの周辺に押し寄せてきている。企業をとりまく環境変化は、まさに怒涛のような勢いで迫りくる「波」である。
 A.トフラーは、第二の波の産業主義の社会から、社会の成熟化、非マス化、高度情報通信革命に端を発する、このような新しい社会への移行を、「第三の波」の社会として、その魅惑的な著書「第三の波」( The Third Wave)の中で分析し、企業のみならず政府機関、団体、あらゆる人々が、この迫りくる「波」に対処せよと説いたのであった。
 企業経営に従事する以上、このような社会・経済的環境変化に敏感でなければならず、常に周到な問題状況の分析と企業経営へのフィードバックがなされていなければならない。このようなことは企業経営にあっては、日常の企業活動の中で、例えば顧客や取引先との対応の中で、常に的確に把握され、営業活動の中で活かされているはずである。そして、また企業ごとの経営理念、経営方針、経営計画として具体化されている。
 企業経営がその本質上実務である限り、総合的な判断には。自ずと限界があるのは致し方ないことである。不的確な判断と対応が、そこから生じることも、場合によってはあるかもしれない。しかしながら、マクロとしての社会・経済的環境変化は、それを許してはくれないし、また待ってもくれないのである。企業の衰退は、そこから生じるのである。伸びる企業と伸びない企業との差は、まさにそこから生じる。
 チャールズ・ダーウインは19世紀に、すべての生物界は、競争と環境の変化によって「自然選択」が作用し進化するとして、「自然選択説」を説いたが、企業体もまた同様に進化する。生命の進化は38億年もかかって、DNAを情報媒介として進化しつつ現在に受け継がれてきた。ダーウインの自然選択説を、そのまま産業社会に適用することは、いささか論理の飛躍との批判を免れないかもしれないが、企業体の進化は、それに参画する人の、幾重にも束ねられた重層的かつ複合的な螺旋状の組織によって変化し、「競争的共生」の原理に支配されながら、後世へと受け継がれていくと考えられる。この考え方が、本書を貫く根本思想である。
 しかしながら、企業経営は本来「シンクタンク」や「研究所」ではないのだから、このような経営環境は、外部の情報提供機関に仰がざるを得ず、経営資源の一つとして、有効に社内へ取り入れていくことが求められるのである。社内に蓄積されている環境変化への適応能力と併せて、外部情報を巧みに組み合わせて、的確に判断することが必要不可欠である。
 大手企業は、その点、人材や資金の豊富さから、このような対応は可能であるし、また現に有効な対応も行われていると思われる。しかしながら、資金力や人材を欠く中小企業にあっては、必要だと認識される割には、対応が困難であることは否めない。日常業務に忙殺されているのが現状だからである。
 私はこの著書の中で、このようないわゆる中小企業を、あるいはまた研究開発型企業を対象に、21世紀の経営のあり方を様々な角度から論じたつもりである。私は中小企業の魅力を、「機動性」、「チャレンジ精神」、「人間性」、「地域との密着性」、「技術開発への飽くなき追求心」にあると考えている。もちろん、このような特性は中小企業のみの専売特許ではないが。
 大手アセンブリーメーカ、多国籍企業、商社、公益企業など、時代環境の変化に巧みに適応している企業は、総て上のような点で見るべきものがあるのは事実である。しかしながら、中小企業の存在なくして、このような大手企業の存立はないのであり、ひとえに中小企業の活力如何にかかっていると言える。21世紀もまた中小企業の頑張りにかかっているのである。
 この著書は、東海学園大学経営学部「産業社会論」のテキストとして執筆したものである。産業社会論はその伝統的枠組みはともかく、企業経営や組織をめぐる極めて広範な対象を考察の対象とする。企業(間)活動の社会学的考察から、大きくその周辺領域へと、取り結ぶ関係の総合的な社会学的考察が求められると言ってよい。
 そのような意味からは、本書で展開した内容は、そのごく一部分を扱ったに過ぎない。企業経営をベースにしながら、ライフスタイル、地球環境問題、高齢社会、街づくり、文化、地域開発、人材、経営思想など、企業経営がその射程距離にいれざるを得ない、様々な問題群への分析の試論とでも解してほしい。もちろん残された課題は山ほどあり、真理探究の未知の海辺でただ呆然と立ち尽くしている、一人の無力な観察者に過ぎないのであるが。
 本書は、筆者がこの10年ぐらいの間に発表した論文(評論)や講演の内容を元にして、それに大幅な加筆修正を加えて取りまとめたものである。現時点では、すでに時代遅れになっているものもあるが、あえてそのまま収録した。初発の掲載誌紙名等は注記しなかった点を鯨解願いたい。また、ホームページ上に掲載しているため、状況の変化に応じ、適宜内容の追加や削除がある点も了解願いたい。
 執筆に当たっての情報収集には、大手パソコン通信の情報ネットワークを活用した。特に最近の「インターネット」網からは、一般情報流通では得られない貴重なデータと情報を入手することが出来た。本書は、通信技術の画期的な進歩に負うところが大きい。研究室や自宅に居ながらにして、膨大な情報の収集と利活用が、可能だからである。このような情報化社会の成果の有効活用も、明日の企業経営の貴重な経営資源となるはずである。
 また、高性能パソコンのおかげと、本学学生の山田真里江、山口朋子ほか何人かの協力によって、編集作業はごく短期間でスムーズに進んだ。感謝したい。取材に快く対応して下さり、企業の実状について包み隠さず話して下さった、企業関係者や自治体関係者をはじめ、多くの人々にも感謝したい。
 パソコンシステム関係に助言と援助をしてくれた私の息子、瀬川正道にもこのさい感謝したい。彼の有効なアドバイスがなければ、情報収集力と分析力はもっと低レベルのものにとどまっていたであろう。良好なシステム・パーフォーマンスの元で、本書は可能となった。
 以上、「共生の人間ネットワーク」によって、本書はとりあえず日の目を見た。 本書で扱うことの出来なかった、様々な問題、しかも企業経営にとって必要不可欠な課題は、今後の研究で深め、追って内容の充実を図っていきたいと考えている。

         1996年7月3日
      梅雨の晴れ間の木々の緑が目に眩しい
              自宅にて



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