第4節 福祉と地域産業の福祉化
―豊かな地域・産業に育まれる福祉を目指して―
福祉の基礎構造改革
バブル経済崩壊後の経済危機に対応して、国・地方ともに財政危機が表面化し、地域プロジェクトの凍結、人件費削減、議員定数の削減、地域内各種団体への補助金の一律削減、地方単独事業から補助公共事業への切り替えといった、おそらく戦後最悪ともいうべき財政危機の嵐が地方自治体を襲っている。
法人・所得関係諸税に大きく依存する都市部自治体で、財政状況が厳しいと伝えられているが、過疎地域にあっても、地方交付税や補助金の削減に加えて、来るべき超高齢化社会などへの対応に追われ、事態は都市部に劣らず厳しい。
このような地方財政危機は、バブル経済崩壊による経済危機を直接の原因としながらも、本質的には現在の国と地方を通じる行財政構造の中央集権的性格(脆弱な自主財源と補助金・起債への依存構造及び利益誘導型の地方財政対策等)から必然的に生み出されたものであり、国の政策に地方を包含することによって、工業化社会を束ねるという、旧い体質の仕組みにその根源を持っている。
換言すれば、意図的に財政危機を作り出すことによって、その契機をとらえて社会的な再編成を行う(補助金による誘導等)という、社会的には、上に述べた工業化社会の段階に対応したシステム展開が今進行していると考えられる。
A.トフラーが10年以上も前に述べたように、中央集権拠点からのこのような対応は多様化と情報化、地域化、環境志向の時代には即応し得ず、長期的な視点を欠いたまま、対症療法的に進行しているように見える。1998年に公にされた「福祉基礎構造改革」のもとで進む福祉の「再編成」は、政策立案者はこれを否定するが、このような財政危機と表裏一体となって進められようとしており、手法としては旧い社会の統合システムに、その発想の基礎をおいている。
求められる産業社会のパラダイム
―福祉の器としての社会システムの創造―
では、トフラーがすでに明らかにし、現在進行中の第三の波の社会に即応した福祉社会のパラダイムと何か。結論からいえば、それは、高齢化のピークまで何とか凌げばいいというのならいざ知らず、真の福祉の理想を築き上げようというのであれば、現在の地域社会と経済の基本スタイルを大胆に見直さなければ、福祉に限定しても実りは少ないということだ。このことは、西洋福祉先進各国にも言えることではないか。
それは、現在の工業化社会の諸制度が立ち現れる以前の、農耕社会に見られた地域コミュニティーに性格上が近い、しかしながら高度情報通新社会=「第三の波の社会」のシステムを作り上げながら、新しいコミュニティーの器で、「障害」や「不自由」をケアしていく実践を並行して積み上げて行くという認識に基づく必要がある。
しかし、ここで、筆者は公的介護保険や公的サービスの拡充、福祉への市場原理の導入、規制緩和、措置制度から契約行為への移行、NPOの育成、自己決定権の尊重、人権擁護の仕組みづくり(成年後見制度)、広域連合での対応など、現在厚生省が中心になって進めている、いわば政策パッケージに反対しているわけではない。
また逆に、現在の福祉政策に懐疑的・批判的な論者たちが主張しているような、福祉の「選別」と「切り捨て」、公的責任の放棄、人権侵害といった事態についても、率直に懸念をもっている。そういった事態は、おそらくここ数年のうちに必ず表面化しよう。
他方、「救済を要する、特定の限られた人々に対する福祉から、国民共通の課題としての福祉への転換」を進めていくことは緊急の課題である。作家・佐江衆一氏の「黄落」(こうらく・新潮社)を読むまでもなく、長年ににわたって日本的風土の中で培われてきた家族介護、施設介護、措置制度、これに対する公的資金援助という東洋文化圏に特有の儒教精神に基づく家父長制的なやり方で維持していくことには明らかな限界があり、このままでは事態を悲惨にすることはあっても、改善することはない。
契約行為を中心に据え、広く「自立」と「市場原理」を福祉に持ち込むことは、現段階では次善の策としてやむを得ないパラダイム転換であり、早急に実施される必要がある。
しかしこの対応は、先に述べたとおり、あくまでも工業化社会のシステムを使って、一時的に課題を先送りするものであると言わざるを得ない。「福祉基礎構造改革」に曰く、「地域福祉文化の創造」も、むなしく聞こえるのである。一方で旧い社会構造を維持し、他方で新しい福祉文化を創るとは、言葉の意味からしても形容矛盾である。契約概念と市場原理で作り上げられる福祉文化は、たとえそれが「国民連帯」の合意形成であっても、それは過渡的なものにとどまる。
求められるものは、新しい時代=第三の波の社会を創造する幅広い取り組みと、今までとは全く質的に異なるコミュニティを作り上げる中に、福祉ビジョンを描く作業を実践することである。
第三の波の社会の福祉コミュニティー
―モノからココロのケアとしての福祉へ―
さて、ここで断っておかなくてはならないのは、私自身、福祉の専門家では、まして現場の経験者でもない。いわばアウトサイダー的な立場での、分析と提言であることだ。しかし、福祉政策に携わる方、現場で日夜奮闘されるスタッフの方、ボランティア、福祉を「受ける」当事者の方、企業経営にあってビジネスの福祉展開を進めている方、また体の不自由な人を受け入れる方、そしてや法律家・研究者の方々に対して、なぜ「新しい福祉の器としての社会システム」の創造が必要かを、ここで「こころを開いて」聞いて欲しいと考えている。
先ほど、筆者は福祉の「専門家」でも「現場スタッフ」でも「政策立案者」でもないと言った。しかしながら、私的なことに及ぶが、第2次大戦前の「養老院」から「児童福祉施設」を経営した「仏教寺院」に育ち、また高齢者を相手の檀家回りをし、やがて介護を必要とするかもしれない年老いた父母をもつ一個人として、やり切れない、しかし切実な福祉を考える視点から、以下個人的な考え方を述べてみたい。この論考をまとめるに当たって、福祉ビジョンに関する主要なレポート、各地での試みや動向、様々な実践活動などを参考にしたが、これらを引用しながら語るよりも、その方が福祉の本質に迫れると考えたからである。
福祉施設で実際に介護やサービスの現場に従事している人たちの苦労を察しても、なお人間は他人の気持ちにはなりきれない限界がある。ある新任の児童福祉スタッフは、子供から「あんたは給料をもらうために勤めているのだから、私たちの言うことを聞くべきだ」と罵られ、「こんなはずではなかった」とやめていったことをどう考えるか。また「恵まれない子供」のいる施設というイメージで取材をする新聞記者。措置制度の中で、要援助対象者に、高圧的態度で望む施設長。果ては、経済成長や雇用確保のために、福祉をこれに組み込もうとする政治家や行政官僚たち。老健施設でのリハビリが終わり、在宅に戻そうとすると、「家に帰られたら困る、特養に入れて下さい」と拒否する家族。
なぜこういうことになったのか。農耕社会が大量工業生産段階に移行する過程で、弱者救済の地域システムは、市場の外部不経済と見なされ、地域公共団体へ委任され、国家がナショナル・スタンダードでこれを統合するシステムを作り上げた。老人を農村のコミュニティで扶養し得なくなった経緯は、絶対王政から近代市民社会へ向かう過渡期の文学作品である、シェイクスピアの「リア王」を読むとき、娘たちによる個人主義的な扱いから、狂死してしまうリア王(老人)に、その象徴を見いだすことが可能である。
国による考え方やシステムの違いはあれ、ナショナル・ミニマムを国家管理としてサービス提供する弱者救済のシステムを作り上げ、市場経済(市民社会)と公共福祉システムの分離が進んだ。市場経済が成熟すると、これをまかなう財源不足と、他方での心の豊かさや人権を擁護する必要性が生じ、市場経済へ福祉システムを取り込む必要性がでてくる。これが現在の福祉再編の歴史的段階であろう。
近くに子供がいるにも関わらず、あばらや同然の一軒家で放置されている寝たきりのお年寄り。あたりには、カップラーメンの容器が散乱している。老人は静かに死の床に眠る。他方、娘が「アメリカ人と結婚する」というと、「おまえをそういう風に育てたつもりはない。もう親でも子でもない、非国民。」と言って、村八分にして家を追い出す母親。これは、私自身の経験である。財産で利益誘導し、介護を買う親。そしてそれに群がる子供。介護休業期間中に、「復帰後は工場へ回ってくれ、それがイヤなら会社を辞めてくれ」とリストラを進める企業。こうした事態は、程度の差は別にして、大量生産・大量消費の中央集中型の社会・経済システムに根ざす。
私の勤務する大学の学生が、ある老健施設でのボランティア体験で、「老人がまるでブロイラーのような感じでした」と感想を述べた。大量生産・大量消費社会を連想させる。「まるで孫のように可愛がってくれた。仲良しになれたのが印象的でした。」とも述べた。施設の中での恋愛を禁じているところもあるという。現場運営の難しさは分かるとしても、「愛」すらも金で買わねばならないとは、大量工業生産社会=第二の波の社会の象徴だ。契約型福祉への移行は、このような事態を一時的には緩和する。しかし、根本的な解決策ではない。
こうした中にあって、これまでの福祉秩序から抜け出そうとする、新しい波が台頭していることに注目すべきである。子供の世話にならないで最後を迎えようと、新天地を求めて移住するお年寄り。被災地にあって、軽食喫茶でボランティアをする学生。流通を再編成して宅配システムを開発する企業。体が弱ったらお互いに助け合おうと、花いっぱい運動をしている、女性のグループ。行政に依存しないで、痴呆性老人を援助するグループ・ホームの取り組み。体の不自由な人の要求と権利に基づいて、雇用を進めるメーカ。喋るコンピュータ・ソフトを開発する大手コンピュータメーカ。自宅で充電できる、福祉電気自動車を開発する零細自動車会社の親子経営者。ノンステップバスを実現した、体の不自由な人たちの自主的な取り組み。国の基準を大幅に上回る介護休業規定をもつ物流企業。地域との協力で日夜奮闘する私設ホームヘルパー。過疎地で行政と一体となって生活用品を宅配する郵便局(鳥取県智頭町)。
枚挙にいとまのないこれらの取り組みは、相互に玉突き現象を引き起こし、垣根を越えて、明らかに第三の波の社会の福祉システムを構築する勢力となっていく。インターネット上の、これらのネットワーク形成にも注目すべきだ。
大量工業生産社会は、猛烈な勢いでサービス経済と高度情報通新社会へ移行している。この新しい社会は在宅労働を可能にし、中央集中型経済社会・エネルギー供給システムを地方分散型のそれへと転換している。農村コミュティーは、いったん核家族型コミュティーへと分解したが、再び新しいコミュニティーへと編成することを可能にしている。この流れは、地域産業をコミュニティ対応型のそれへと転換する。地方分権への追い風は、地域と地方自治体がこのコミュニティを、国家管理から再び取り戻す千載一遇のチャンスを提供している。
他方、トフラーの二番煎じになるが、旧いシステムにしがみついて、失うモノを守ろうとする社会グループがこれに抵抗する。地方自治体は、広域連合によって福祉を他人任せにするよりも、もっと福祉の「こころ」を理解すべきだ。ある過疎地域の自治体職員が、そのようなことを強調していたが、私もその通りだと思う。そして福祉の現場で働くスタッフの労働条件も、大幅に改善すべきだ。人を生きていく尊厳をもった対象として尊重するためには、まずその担い手の「生きていく尊厳」を尊重すべきだ。「入所者の人権は分かるが、私たちの人権はどうなる」という声も分かる。
食うや食わずの給料からは、本当に温かい心は生まれない。人間は生きながらにして「悟り」は開けないのだ。そのことを「福祉基礎構造改革」は一言も言わない。これでは、旗を振れども、人はついてこない。疑心暗鬼になる。「契約ありて利用なし」と言った事態にもなりかねない。
地域産業の福祉化やそこで働く人たちに近代的な雇用契約を保障することは重要だが、単なる企業の片手間の多角化路線の一環に留まるならば、福祉の「選別」にもなることは、ある福祉ベンチ
ャー経営者の言葉を待つまでもなく明らかだ。二足の草鞋では、福祉ビジネスは成功しない。福祉機器を供給することは、たとえば車椅子の場合、「外出によって生きている喜びを感じる満足を供給すること」であることは、企業経営者ならよく心得ているし、マーケティングを学んだ学生でも分かる。福祉ビジネスが成り立つためには、コミュニティの基礎がしっかりしていて、様々な福祉ニーズが躊躇なく利用される条件が必要である。また、これが地域に根付けば、日本的経営のあり方も含めて、共生と人間主義の原理に立脚する経営改革のトリガーともなる。
ある自治体職員が、「地区割りをして、役場ぐるみで、出勤前に高齢者宅を訪問してはどうか」と提案していた。これはよい提案である。そのためには、自治体において、もっと弾力的な勤務形態が必要となろう。自治体改革にもつながる。地方分権を巡る論議の中には、未来を先取りする、こうした視点は全くない。多様なネットワークを張り巡らせ、既存の地域商店街と連携すれば、その活性化に貢献することになる。大学のある地域では、不況のさなか、学生の懐も潤うし、お年寄りや体の不自由な人たちとの交流も生まれよう。「遠い親戚より近くの他人」という格言は、新しい介護システムの格言ともなろう。遠く離れた家族は、こうした人たちに感謝し、アメリカ社会のように、週末の年老いた親との団らんをエンジョイすることが出来る。親子の絆が復活することも、決してユートピアではではなくなる。企業ビジネスは独自のノウハウを蓄積し、いい意味での競争原理が働き、多様なニーズに対応することが可能になる。公的介護保険の要介護認定やケアプランの幅も、自主決定権を尊重する角度から、広げられる必要性がでてくる。
いま、福祉から「こころのケア」へのパラダイム転換を図るべきではないだろうか。地域産業の役割は大きい。
(『法と民主主義』1999.2.28)