第1章 第三の波と企業経営







 「豊かな時代」と産業社会

 「物質的豊かさから精神的豊かさへ」が時代転換のパラダイムとなってから久しい。今「モノからココロへ」を疑う者は誰もいない。しかしながら、昭和60年頃の地価急騰を背景としたリゾート開発ブームのように、私たちがすでに決別したかに見えるあの拝金主義がいまだに生きており、今回の住宅金融専門会社による過剰=不正融資に絡む様々な刑事事件の告発に見られるように、モノから離れるどころまますますモノに雁字搦めになっていく様を目の当たりにしているのである。いったいこれはどう言うことなのか。

 1.「豊かさ」への時代変遷

次に掲げた図(豊かさの概念図)は、元々川田武文氏がまとめたもので、筆者がこれに多少の改変を加えたものである。明治維新の近代化革命を経てわれわれが長らく慣れ親しんできた経済・社会構造はこの図の左はじにまとめられた通りである。
それはイギリスを中心とした近代西欧諸国が築き上げてきた経済・社会構造とは異なる、東洋=日本的な資本主義発展の特殊性に基づいた産業社会のあらわな姿である。それは図中で「政官財一体の中央主導行政」に見られるように、きわめて個人(企業)レベルの自立性の脆弱さに裏付けられた偏った産業社会の発展の姿であった。
充分に個人需要が成熟しないまま、従っていきおい対外進出に打って出ざるを得なかった日本の特殊性から、今もって供給主導の(サプライサイドの)生産・流通構造は色濃く残存している。しかし後にも見るように、この供給主導の生産・流通構造(後掲「崩れる価格体系」参照)は今まさに崩壊しようとしている。(価格破壊)
 企業の家産制的(共同体的)構造は、戦後の高度成長のような量的拡大基調のもとではその威力を発揮したが、ニーズの細分化、高度化、さらには地球環境保全との両立といった質的拡大(ないしは深化)の時代には、もはや新しい産業社会の桎梏となっている。共同体は、単一目的や単一理念の元に結合された社会であり、本来的に価値観の多様化や個性化を排除し、外部社会の変化とのフィードバック機能を持たないからである。
これまで有効に機能してきた日本資本主義発展の特殊性に根ざす産業社会の構造や諸制度は完全に暗礁に乗り上げてしまったのである。なのに未だに古い諸制度や価値観にしがみついている人々がおり、内外の急激な環境変化のもとで右往左往し、時には不祥事を起こすのである。上に見たバブルの崩壊とその後の「経済」不況は、ある意味ではそのような古い諸制度と、そこにとどまろうとする人々が引き起こした茶番劇であり、バブルの恩恵にあずからず、必死にまじめに耐え、そこに新しいライフスタイルや価値観を模索してきた人々は、まさにその犠牲者であった。
しかし今、大きな変革のうねりが産業社会に起こっている。その主人公はこれまでの産業社会を動かしてきた人々とは異なる、新しい時代の「子供たち」である。
  それは、図中一番右に表示されているような、ある意味で「新しい産業主義社会の原点への回帰」とでも表現すべき流れである。地球環境保全と調和した企業経営、または産業構造構築への取り組みは、これまでとは違ったエネルギー消費、企業経営、流通構造を不可欠とする。そこには、従来の理念からは推し量ることの出来ない企業理念や事業コンセプト、高度技術に基づく企業経営が否が応でも必要となる。昨今伝えられるところによれば、ドイツの自動車生産は徹底したリサイクル思想によって変革されようとしており、国際競争にあっては、性能やスピード、安全といった従来の車づくりのコンセプトが、「環境に優しい」にとって変わりつつあるという。日本の自動車生産は、このような時代変化についていけるのであろうか。

「豊かさ」の概念図
<歴史的潮流>


「従属した個人」の「他者責任」
「自立した個人」の「自己責任」


<経済的潮流>
従来の企業社会
(日本資本主義発展の特殊性)
過渡期
企業社会の転換=資本主義の原点への回帰
(日本には伝統が乏しく「新しい」となる
●一般的特徴
@供給主導
A規模の経済(economyof 
scale)
B輸出依存度大
C政官財一体の中央主導
D何らかの力関係、既得権
をもとにした企業間ネ
ットワーク
E労使の家産制的(共同
体的)エートス
F家産制的(共同体的)
企業運営(経営の透明度
が低い)
・内外市場の成
熟
・需要の高度化
、多様化
・貿易摩擦
・途上国の追い
上げ
・国土の乱開発
、不均衡利用の
弊害(東京一極
集中の弊害等)
・地球環境問題
・急速な高齢化
・少子化
・起業家精神の
減退 etc.
●一般的特徴
@需要主導(エンドユ
ーザーとしての生活者主導) 
A範囲の経済(economy of scope)
B地域市場・国内市場の重視、バランスの取
れた輸出で現地社会との共存
C企業活動による地域主導
D専門性、経営資源本位の対等な企業間ネッ
トワーク
E地球環境と環境産業革命)
●担い手の特徴
F労使の独立した個人としてのエートス
G企業理念、事業コンセプト、スキルにもと
づく企業運営(経営の透明度が高い) 

出所)川田武文「消費の先端つかむニュービジネス」
東洋経済『統計月報』1993.7


2.「自立した個」への胎動と企業経営


このような変化をもたらしているのは、筆者は「自立した個」への限りない世界的・世界史的模索の潮流であると考えている。産業化の初期にも確かに、J.ロック(「市民政府論」)やA.スミス(「諸国民の富」)のような、「契約」思想、自立した個(「神の見えざる手」「自然的自由の体系」)を中心理念とした政治的スローガンは掲げられ、「議会制民主主義」に代表される社会的システムとして定着するのに大いに貢献はした。
しかし現実は、そのような「自立した個」は育たず、産業社会という巨大な社会システムに取り込まれ、規格化、画一化された個人として、画一的システムの中に埋没した限りで「自由な個人」を創造した。それは歴史の一歩前進ではあったが。政治面に関して言えば、今日の間接民主主義(「議員代表制」)がもはや有効に機能しなくなったとして、「ネットワーク型直接民主主義」を唱える若くて有能な人々が出現している。
 これは筆者がたまたまインター・ネット上で知り得た新しい動きである。こうした新しい動きは、社会の見えない部分で着々とまた急速に進行している。

「自立した個」への胎動
<個人と豊かさ>
第2の波の価値観

キーワード

第3の波の価値観

文明開化
近代機械技術文明
官尊民卑(中央集権)
画一化・規格化
長老支配
縦割行政
西洋文化の受容
ピラミッド型生産
滅私奉公
親方日の丸
よらば大樹の陰
親の因果が子に報い
我田引水
良妻賢母
出る釘は打たれる
公序良俗
男尊女卑
郷に入りては郷に従え
定住型地域
物の豊かさ
学歴優先
社会主義的計画経済
救貧型福祉社会
1党支配政治
年功序列
自立した個人


の自己責任
国際貢献
地球環境
小さな政府(地方主権)
多様化・個性化
民主的合意形成
総合行政
日本文化の発信
水平分業ネットワーク型生産
滅公奉私
行政改革
個人が組織を動かす
子供の人権
自立した農業
男女共同参画社会
1人10色(TPO)
住民参加
男女雇用機会均等
地域構成員の自由なネットワーク
交流型地域
心の豊かさ
個性の重視
自由な競争原理
自立した個人の相互扶助
2大政党制ないし多党政治
能力主義



 こうした諸々の動きを「自立した個人の自己責任とネットワーク」ととらえ、上のような図にまとめた。この中で例えば「日本型経営」を代表する「年功序列」をとってみても、国際化、市場の成熟など内外の厳しい経済環境の中で大きく揺らぎ始めているのが判る。すでに企業の人事制度の中では、「年功序列型賃金体系は」、その基本部分は残しながらも、徐々に能力主義に変わりつつあることは周知の事実である。さらに中間管理職に「年俸制」を採用する企業も少なからず現れており、その裾野は広がっていくことだろう。
こうして「よらば大樹の陰」という価値基準は、徐々に姿を消し、「組織は個人が動かすもの」という組織原理、ないしは行動原理に席を譲っていく。トップダウンからボトムアップへと組織の中を流れる血液は逆流を始めるのである。こうした現象に対してタフで、柔軟な組織を持たない企業はやがて時代から取り残され、細胞は死に至ることとなろう。

 中小企業の対応

 1.内なる経営のリストラを

 バブル経済の崩壊、消費の低迷、今年(1993年)に入ってからの円高による経営環境の悪化と、日本経済は八方塞がりの状況だ。これに対して、巷は評論に溢れ、情報に振り回されて、苛立ちは募る一方。
 「どうすれば良いのか?」に対する答えは明瞭。それは「わが社、我が経営が頑張るしかない」の一つだ。ではどう頑張るのか。
 目先の対応に右往左往するのではなく、堅実にして、かつ道理をわきまえた、「内なる経営のリストラ」が、いま中小企業を救う。いま、筆者はこれを仮説的に「迷いの経営」に対して、「清廉の経営」と呼ぶ。では「清廉の経営」とは何か。

迷いの経営
清廉の経営
出るを計って入るを制す
入るを計って出るを制す
量をもって美徳とする
質をもって理想とする
業績を数字で評価する
努力で人を評価する
生き延びるために働いている
生かされていることを喜びとする
自己の享楽に救いを求める
他人の満足に自己の利益を見いだす
真理の追求よりも妥協を見いだす
真理を捨てるなら死を選ぶ
環境の変化に経営を合わせる
環境の変化に経営を合わせる
地位と名誉の服で着飾る
清廉の衣をまとうを常とする

<清廉の経営8箇条>
 
 @入るを計って出るを制す:自社の人的資源、技術、活動範囲などの身の丈に応じて、出るを制すること。よけいなゼイ肉は切り落とし、経営の心臓に過大な負担はかけない。
 
 A質をもって理想とする:自社の誇りうる製品やサービスに徹し、さらに磨きをかけ、市場を深く耕す。
 
 B努力で人を評価する:常に努力し、向上心のあるものが、会社の危機を救い、安定軌道に乗せる。数字への拘りを捨て、努力を評価し、それが生み出す果実を分配せよ。
 
 C生かされていることを喜びとする:経営者は社員によって生かされている。会社は顧客によって生かされている。決してその逆ではないのだから、社員に尽くし、顧客に尽くす経営・生活態度に切り替える。そのような会社に優秀な社員と顧客が集まる。社員は経営者や顧客(社会)によって活かされていると感じ、経営者は意気に感じるところとなる。
 
 D他人の満足に自己の利益を見いだす:経営の苦しみは、自己の享楽への逃避によっては救われない。従業員の幸せを肌で感じてこそ、魂は救われ、経営活力は生まれ、そこに奇跡が起きる。
 
 E真理を捨てるなら死を選ぶ:信念を放棄し妥協の道を選び出すと、回りもまたこれに追随し、ここからは優秀な製品もサービスも生まれない。真理への拘りが、会社を支える人材を育て、顧客を引き付ける。
 
 F環境の変化に経営を合わせる(経営環境を自ら創造する):環境の変化に経営の窮状の責任を擦り付ける事は子供にでも出来る。経営を経営環境の従属変数とみなさず、逆に独立変数と考える。積極的に経営環境を変革し、創造せよ。
 
 G清廉の衣をまとうを常とする:虚飾を捨て、本業に徹することを唯一の財産とせよ。失うものが何もなければ、失うことへの恐怖感も消えよう。迷いが消え去れば、情勢の冷静な判断に基づく行動が生まれよう。このような信条を無上の名誉と地位と見なせ。


戦略的経営への視点

(1)本業の掘り起こし(分野・製品の重点化)
(2)本業周辺研究開発
(3)創業マインドの醸成
(4)事業転換
(5)企業トップの決断
(6)社内の意識改革
(7)企業の魅力の創出
(8)従業員の高齢化への対応
(9)環境・地域(外部不経済)との共生
(10)科学・技術研究の成果の積極的導入
(1993.6.5)