第4節 内発型・産業集積をめざす

 3大産業に起きた異変
 
 浜松地域経済について語るときは、まずいわゆる「3大産業」の現状について触れておかなけ
ればならない。これこそ浜松地域経済を知るための入門書と言えるからである。しかしあまりに
もよく知られ、何かにつけ使われてきたこの言葉も、最近とくに円高の進行のもとでは、少々注
意してかからなければならないと言うのがここでの課題である。
 ともあれこの数字をみていただきたい。
 浜松市の工業構造を業種別に全事業所数でみると、昭和60年で、第1位が繊維工業で1,231
事業所、21%、第2位が輸送用機械で705事業所、12%、第3位が楽器(分類上はその他
の工業)で512事業所、9%、第4位が食料品で378事業所、7%などとなっている。あと
は大体3ないしは4%以下で、構成比はきわめて小さい。楽器と食料品の差はごくわずかであり、
年によっては後者のウエイトが前者を上回っていたこともあるので、これをみて4大産業と言え
なくもないが、従業者数と工業出荷額でみると、楽器の方が桁外れに大きいので、やはり3大産
業と呼んだ方が適切である。
 それに、楽器産業はヤマハ、河合楽器に代表されるように明治時代に遡って非常に旧い歴史を
持ち近年事業の多角化が相次いで進んでいる。繊維にしても江戸時代の農家の副業としての綿織
物に端を発し、今日、日本でも有数の産地を形成するに至っている。輸送用機械(オートバイ・
自転車)は比較的新しい産業で、第2時世界大戦後に生まれ高度成長とともに育ったものである。
また、これらの産業には深いつながりがあり、工作機械や木材産業など他の業種も生み出してき
た。このような意味で「3大産業」は浜松地域経済の打ち手の槌でありシンボルであったのであ
る。
 しかし、こうした伝統のある浜松地域産業にも近年ちょっとした異変が起きつつあることに注
意したい。と言うのはこうだ。なる程、繊維工業は事業者数を見れば(注1)、全事業所の21
%と高い。つまり、浜松市の工業事業所の5つに1つは繊維で、輸送用機械の10のうち1つと
比べても圧倒的に多い。従業者数を見ても11%のウエイトがあり、浜松市工業労働者の10人
に1人が繊維というのは何と言っても持つ意味が大きい。しかし、工業出荷額ということになる
と話は少し違う。つまり、これで見ると、最大の輸送用機械が34%、次いで楽器の18%、と
ころが繊維はこの指標で見ると6%にすぎない。これは、食品の6%と全く同じウエイトである。
 何もここでは繊維を意図的に3大企業から除外するために、このようなデータを持ち出してい
るのではない。こうしたデータの基礎になっている「工業統計調査」というのは、「工業調査表」
に記入された、事業所数、従業者数、工業出荷額などのデータが、「産業分類」に従って画一的
に集計されているものであることに注意しなくてはならい。だから、その他の工業に分類される


楽器メーカーがある事業所で家具を製造して売上があがっても、その分が楽器に比べて従たる位
置にあれば、それは楽器産業に項目に計上されてしまう。従って工業統計調査から、そのウエイ
トを比較することが、正確さを欠くことになる。(注2)まして、今回の円高で各社が他分野へ
の多角化を図っている状況の下ではなおさらである。ただし、全体のマクロな構成や動向を見る
にはこの工業統計で十分である。
 いま、日本の楽器業界を代表するヤマハを例にとってみると、同社は明治20年の創設以来
100年の歴史の中で、徐々に生活関連商品、、事業への展開を図り、今では自他ともに設める
総合生活型企業へと成長した。そして、今回の円高のもとで、以前からの海外ネットワークに加
えて、グローバル戦略を展開している。昭和58年時点の同社の売上構成を見ると、ピアノ23
%、エレクトーン16%、その他楽器22%となっていて、楽器部門は61%である事が判る。
残りはステレオ9%、ホーム用品・家具9%、スポーツ用品5%、金属その他16%となってい
る。ところが総合生活型産業という項目は、工業統計表の中にはない。繊維関係者の中にも、繊
維という素材を売ると言うよりも、生活文化創造型企業と言った方が適当なものもある。こうし
て事業の多角化は、円高のもと、決して例外ではない。

 ハイテク型産業への脱皮
 
 こうした浜松3大産業の「融解」の現象は、ここ数年顕著に進んできたし、また今後も進むだ
ろう。しかし、こうした浜松地域経済の現状に対して、実は相当以前から、将来のあり方の模索
が行われており、今、テクノポリスの建設となって、努力が結実されつつある。
 昭和54年から55年にかけて、折からの2度の石油危機にやや明るい兆しが現れ始めた頃、
浜松では将来の浜松地域経済をどうするか、自治体、財界中心に模索が行われていた。それは、
後進国の追い上げ、市場の成熟化などの要因によって頭打ちとなった3大企業の現状に対して、
いかにして将来の浜松市のリーディング・インダストリーを創出、発展させるかであった。
 しかし、ちょうどその頃通産省の部屋で中でも同じ様なことが考えられていた。石油危機によ
る重厚長大型産業の低迷、日米欧貿易摩擦、地域経済の停滞、衰退などの日本経済の構造的阻害
要因に対して、これからの脱却を図るための起死回生の方策である。
 これは、昭和55年の春に、通産省の諮問委員会である産業構造造審議会が『80年代の通商
産業政策ビジョン』の中で、初めて公にした。この中に、地域経済振興の具体的事例として、テ
クノポリス構想が上げられ、次のように述べられていた。
 「テクノポリス(技術集積都市)とは、電子・機械等の技術先端部門を中心とした産業部門と
アカデミー部門さらには居住部門を同一地区内で有機的に結合したものである。この構想は、産
業、学術部門を先導しつつ地域振興を図り、同時に新しい地域文化を創造しようとするものであ
る。土地とインフランストラクチャーの整備を中心としたこれまでの地域開発とは発想において
異なるものであり、80年代以降の新しいモデルとなるものである」
 たったこれだけの記述であるが、不況にあえぐ地域の側が藁をもすがる思いで、この巨大プロ
ジェクトに飛びついたのは、無理からぬことであった。アメリカ、カリフォルニア州サンタクラ
ラ郡内の有名なハイテク産業集積地シリコンバレーをモデルにしたもので、当初全国に1、2ヶ
所、投資総額4、000億とも5、000億とも言われたのだから、当然の話だ。
 だが時間がたつにつれて、話が少しづつ違ってきた。国からは、税制上の特典、地方債の弾力
的運用、金融上の措置以外にはあまりメリットがないことが判ってきたし、最初名乗りを上げた
19の地域の全てが、テクノポリス建設地域に指定されそうな気配が濃厚となった。結局、昭和
59年には、19地域のうち和歌山県を除く全部の地域が指定され、本格的に建設に乗り出すこ
とになった。
 もちろん浜松地域(浜松市、浜北市、天竜市、細江町、引佐町)もこの中に含まれていた。新
たなリーディング・インダストリー育成に向けて模索していた努力がテクノポリスの指定で報わ
れることになったわけである。
 建設地の1つである浜松市都田地区について当初難行を極めていた土地買収も、概ね目途が立
ち、昨年(昭和62年)秋から本格的な造成に入っており、早ければ数年後には分譲開始となる
予定である。この他に細江町にもテクノランドが造成中であり、浜北市のリサーチパークも建設
途上にある。こうしてテクノポリスは、いよいよ本格的な建設段階に入ったわけであるがいわゆ
るハイテク型産業が将来の浜松のリーディング・インダストリーとなるためには、まだまだ越え
なければならないハードルがいくつもあるように思える。例えば、この円高、国際化のもとで、
企業の立地動向は完全に中央型志向型になり、研究所=頭脳の立地は首都圏周辺にとどまってい
る。まずこの点をどうクリアするのか。

 ハイテク型産業の条件
 
 ところで浜松テクノポリスは、地元に古くから集積、蓄積されている中小企業主体の技術を、
地域の中から発展させていこうという、言ってみれば「内発型」ハイテク技術振興にその特色を
持っている。これに足りない部分を地域外から進出した企業の技術力で補えば良いという考え方
である。
 ところで、このようなことが現実になるためには、それなりの仕掛けが必要である。先端技術
には秘密性がつきものだから、技術移転といっても容易なことではない。これを可能にするのは
幅広く享受できる公的システムづくりをすることである。 今1つは、こうして生まれた新技術
を企業化できるようにするための土壌=受け皿を育成することである。いずれの場合も人的なネ
ットワーク作りが重視されるべきであり、これこそ浜松テクノポリスが目指す、内発型テクノポ
リスであり、人の活力を活かした、地域振興となりはしまいか。ハイテクとは非常に神経質で疲
れる産業部門である。これに従事する人達の体や心の疲れを癒し、創造的労働への意欲をかきた
てる街づくりも重要である。安易な資本移転は禁物である。
                                                

注(1)浜松市工業課「浜松市中小企業立地環境調査」(昭和62年3月)による。
 (2)例えば、昭和61年の工業統計調査結果によると、産業分類、楽器レコード製造業中の
ピアノについて、4人以上の事業所を浜松市についてみると、8事 業所で32億427万の出
荷額となっている。ところが、同じピアノを今度は品 目別に見ると、10事業所、217億
6、864万円と一桁金額が多くなっている。これはどういうことかと言うと「工業統計調査報
告書」では、楽器を生産し ている工業(事業所)であっても、他の製品例えば音響機器の方が
主だというこ とになると、ピアノの生産額は、電気機械に計上されてしまうからである。だか
ら厳密には「品目別」で見なくてはならないが残念ながらまだこれは用意されていない。まして、
円高のもとで既存部門のスクラップアンドビルドが行われている昨今の状況の下ではなおさらで
ある。
(「しずおかの挑戦」静岡経済シンポジウム実行委員会1988年4月より転載)