第3節 東南アジア諸国と日本

「地図」



 第1節 シンガポールの日系企業
− 現地との限りない融合を目指せ −

 今年(1993年)2月1日から6日まで、久しぶりにシンガポールとバンコクを回ってきた。浜名湖国際頭脳センター・浜名湖クラブ主催の、「シンガポール・バンコク経済文化研修」に、視察団長として参画したものだ。
 5年ぶりに見たシンガポールは、さすがに変わっていたし、現地で運営されている日系企業のあり方も、徐々にむづかしくなってきたというのが率直な印象だ。
 そこで今回は、シンガポールの最近の動きを追いながら、国際化の新しい現状と方向性について考えてみた。

 1.東南アジアの頭脳センター化を目指すシンガポール


 シンガポールと日本の関係がいかに密接なものであるかは、既に周知の事実。シンガポールにとっては、アメリカや日本、それにEC諸国との投資や貿易を抜きにしては成り立たないほど、緊密な関係にあり、国内経済や生活のあり方が、大きく左右される関係にある。このことは5年前にシンガポールを訪れたとき、シンガポール大学の教授も強調していたところである。
 観光をとってみても、年間訪れる540万人の観光客のうち、87万人(16%)が日本人である。(1991年)また製造業の外国資本投資額2,461百万シンガポールドルのうち、29%に当たる713百万シンガポールドルが、日本からのものである。
元々、古くから中継貿易国として発展してきたシンガポールには、これといって近代経済を支える基盤を持たなかったために、工業団地(ジュロン)を、密林を切り拓いて造成し、外国企業を誘致、積極的な外資優遇策によって、今日の発展の基礎を築いたのである。
 しかし、国土が日本の淡路島程度と小さく、そこに約270万人の人たちが住み、産業の量的拡大とともに、先進国並の所得水準を達成し、しかも著しい労働力不足に直面して、「成長のトライアングル構想」という経済圏拡大構想を推進している。
 シンガポールを拠点に、低い生産性の生産機能を、マレーシア、中国、タイなどにシフトさせる政策を推進中である。これは、ハイテク化が進んでいる地元中小企業を巻き込んだ動きであり、決して外国企業だけではない。マレーシア、インドネシア領内の島を共同開発して、効率の悪い企業をそこに移す計画もあり、実際に動いていると言われる。
 この様に生産基地の海外移転計画が、シンガポールでも実際に進行中であり、シンガポールは明らかに「東南アジアの頭脳センター」を目指して、着々と手を打っているのである。

2.日系企業の対応

 真冬の日本を飛び出し、乾期なのでさほど蒸し暑くはないが、しかし太陽がギラギラと照りつける中、「明治製菓シンガポール」を訪問した。



 明治製菓シンガポールは、1974年に、当時ベトナム戦争に従軍する米軍に、ビスケットを供給する目的で、華僑との合弁で設立され、現在では、明治製菓が100%出資する現地法人となっている。
 150名の従業員を抱え、うち100名が正規の社員、またその内の40名がマレーシアン、チャイニーズなどの外国人、60名が現地人である。現在、外国人を雇う場合には、従業員の40%まで、税金さえ払えば雇うことが出来ることになっており、同社ではそのギリギリの、外国人従業員を雇っていることになる。
 生産性は、日本の約半分であり、シンガポールの現在の政策からすると、すでにみたように、周辺諸国へ移転させられる対象となる企業であるとみられる。現に、政府からは、研究開発投資が幾らであるかなどの、かなり厳しい指導がきているとも言われる。
 工場の中を見ても、ラインの速度などから、かなりのんびりと仕事をしていることが伺われる。生産性を上げると、高齢の従業員がついて来れないので、闇雲に合理化を進めることもできない。上の写真が、飴の製造風景だ。
 飴の生産部門は、総生産額の6%で、そこには16名の従業員がいる。社員が150名だから、150名×6%=9名の倍の従業員がが働いていることになる。かなりの労働集約部門をも抱え込んでいることになる。しかし、同社がシンガポールに留まっていられるのは、砂糖、小麦粉などの原料が、大量にしかも安価に調達できる(小麦粉が何と1s当り40円)ことと、翌日には製品を海外に輸出できる、世界一と言われる港の存在である。何日も待たなければ、積み出せない横浜港とは格段の差だ。



 シンガポール政府が、頭脳センター化で突っ走っても、明治製菓シンガポールは、これからも同地に留まるだろうと思われる。このように、現地にしっかりと根を下ろした企業から学ぶことは多い。

 3.限りない現地との融合化と日本文化の発信を

 シンガポールは、今の人口を西暦2000X年に400万人にしようと、上水の大量確保策を講じている。現時点で平均年齢約30歳という若い国も、西暦2020年頃には、先進国並の高齢化社会に突入する。国内の新しい地域開発政策も進められようとしている。
 いま、シンガポールは21世紀に向けて、経済や社会の枠組みを大きく変化させようとしている。明治製菓シンガポールの、苦悩の歴史がいま始まったと言っても良いであろう。
どういう形をとっても、日本企業が世界の中で果たさなければならない使命は、すでに使い古された言葉だが、現地国・地域社会との共存・共生でなければならない。金儲け至上主義や、円高による人件費の相対的上昇への、後ろ向きの海外進出と経営を見直し、限りなく現地と融合化するノウハウとシステムを、いま日本企業は持たなければならない。
 私がバンコクのホテルで「Do you have a company ?」と聞かれたことが、彼らの日本観を象徴していると言える。日本人は金の亡者と映っているようである。
異民族の文化や価値観、生活や自然を大事にしながら、現地と融合化し、日本の高度な技術や日本的な文化の良さを、相手に教えることの出来る国際化を是非とも進めるべきである。同じ地球市民として、豊かであることの喜びを、共に分かち合うために。
 蛇足になるが、シンガポールを案内してくれたガイドさんは、日本が好きで、研修で日本へ行ったとき、北海道の雪を見て感激したと言っていた。また、私たちが日本から進出した企業の視察ばかりなのに対して、少しはシンガポールの企業も見てくださいと言っていたのには反省させられた。
 私自身、シンガポールでは、石川島播磨重工関係の造船会社、やはり日系の繊維会社などの視察のみで、現地企業の視察は一度もない。ガイドさんの言葉をかみしめて、機会があればもう一度シンガポールを訪問したい。

 第2節 タイの日系企業(1)

 1.新・円高ショック

 まだ、明るい夕方の6時30分、シンガポール・エアラインで一路バンコクへ向けて離陸。雲の絨毯の向こうには、真っ赤な夕日が美しい。
 約2時間で、タイの首都バンコクの街の灯りが見えて来る。もう回りは真っ暗だが、バンコク・インターナショナル・エアポートの滑走路の灯りが見えて来る。
 ここでは前節に続き、「国際化新時代」の日系企業の現状を紹介し、これからの企業の国際化のあり方を考えてみる。今年に入ってから円高基調が続いていたが、5月末から再び加速下にある為替相場。私の予測では、外国為替相場は後数年で1ドル百円を必ず割るであろう(?)。さらなる海外進出と、国内経済の空洞化は、必至の情勢である。
 地球市民、そして社会・経済秩序と、いかにうまく融合できるかに、国際化した企業の生き残りの条件がある。ではそれはどういう事なのか。

 2.タイの概要と国民性

 タイではまず、静岡県と縁の深い、矢崎総業グループの泰(タイ)矢崎電線とタイ・スズキモーターを訪問した。
 まず、タイとはどんな国なのか知っておいて頂きたい。

 ○ 国土は日本の1.4倍で、人口は6,000万人。うち、バンコクに10%の600万人が住んでいる。日本同様、一極集中が進んでいる。
 ○ 地帯区分は以下の4つに区分される。
  ・まず北部山岳地帯
 ここはチーク材と様々な作物が宝庫。チェンマイ、チェンライなどが主要都市。しかし相対的に貧しい地域だ。
  ・ついで北東部平原地帯
 乾田地帯で、タイの中では最も貧しい地域。主要都市はイサーン。ここから、バンコクへ大勢の人が出稼ぎに来る。(日本の高度成長時代の東北地方を想起せよ。)
  ・ついで中央部肥沃湿田地帯
 世界で最も肥沃な地帯と言われる。主要都市はバンコク、アユタタ。このバンコク及びその周辺に、矢崎総業グループが進出している。
  ・最後に南部半島地帯
 スズやゴムの生産地帯だが、ここも相対的に貧しい地帯。
 ○ 国民性は、「思いやりが深く、人を愛することを徳とする」こと。年上の人、先生、父母兄弟に対する敬意は深い。また食べることが最大の楽しみと言われる。
 ○ 95%以上が仏教徒(小乗仏教)で、輪廻転生の人間観を持つ。
 至るところで、お坊さんが黄色の衣をまとい、托鉢(たくはつ)をしているのを見かけるし、午後は食事をしてはならないという、小乗仏教に固有の伝統的戒律が今も生きている。輪廻転生とは言うまでもなく、人は「業」の良さによって、来世での安楽が保障され、また現世へ再び生まれ変わるとする人間観。私たちのバンコク滞在中、日本から禅宗の関係のお坊さんが、中心地の寺院へ修行に来ていると言うことだった。
 ○ 「太陽の国」と言われるように、国民性は概して明るく、生き生きとしている。

 3.高度成長の帰結

 近年タイへの企業進出がめざましく、ここ数年、年率6から8%の経済の高度成長を続けてきたことは、読者もよく知っての通り。(今では中国沿海部への企業進出がめざましく、これについてはいずれまた取り上げたい。)
 元々タイ政府は、1962年の「産業投資奨励法」によって、外国企業誘致を積極的に進めてきた。泰矢崎電線も、この適用を受けて進出したものだ。
 こうした外国企業の進出もあって、タイは近年まれにみる経済の高度成長を実現した訳だが、これは必ずしも、同国にとって好ましいことばかりではなかったようだ。冒頭にも記したように、新しい国際化時代を迎え、これから企業進出を考えようとする場合、このことはよく肝に命じておく必要がある。
 タイの実情を一言で言えば、昭和30年代から40年代にかけて、まさに驚異的な経済の高度成長を遂げた日本が経験した、あの苦い経験そのもののようである。
 通勤時間のバンコク市街。主要幹線には通勤用の車とオートバイが溢れ、その渋滞は目に異様と移る。交差点の信号は、手動切り替えで、これを操作する警官の口には、防毒マスクがあてがわれている。しかも、自動車からの廃棄ガスがすさまじい。対策は緒についたばかりだ。
 いま、ここで、タイ経済・社会の暗い側面ばかりを、あえて強調するつもりは毛頭無いのだが、これは予想よりひどい。それに、タイにあっては所得分配の不平等が著しいことは、先刻承知の通りだ。
 タイ矢崎電線を訪れた人が、初めてのバンコクの印象を「街を歩いている人が、みんなエイズに見えた」と言うが、現実はそんなに生やさしいものではない。バンコクへの一極集中と、農村部の地域格差も著しい。出稼ぎにきた女性がそこで疲れはて、あるいはだまされ、挙げ句の果ては、カネのうなる東京で売春をして問題にされるという実態も、こういう構造的背景を見なければ決して理解は難しい。 タイではいま建設ブームに湧いているようだが、その建設現場では、大人たちに混じって、10代前半のいたいけない子供たちが、しかも女の子までが暗くなるまで働いている。以下、社会経済的矛盾を上げればきりが無い。

 4.国際化新時代という訳

 いま、日系企業ほか、タイへ進出した企業が、こうした状況の加害者だと言っているわけではない。対外直接投資は、その国の産業の発展や、雇用創出を通じて、市場経済の発展に、大きな貢献をする。今回訪問したタイ矢崎電線もタイスズキモーターも、同国の発展に大きな貢献をしてきたし、これからもそうあり続けるであろう。
 タイのように、途上国が急速な経済発展を遂げる場合、おうおうにして好ましからざる病理現象を引き起こす。いま中国がそのまっただ中にある。
 病理現象が死に至る前に、適切な処置が必要である。それは、投資を受け入れる政府の責任であって、進出をした企業の責任ではないかも知れない。あるいは、進出をする国の政策の問題であるかも知れない。
 現地への限りない融合という枠を越え、進出先国の望ましい社会・経済発展への、解決策の提示こそ、国際化新時代の政府や企業の責任ではあるまいか。「太陽の国」と言われるように、タイは明るく、働き者の、宗教心厚い健全な国家である。
 いま、両企業を訪問して、この新しい貢献は十分可能だという手ごたえを得た。
次節では、この点をもっと具体的にみてみたい。

 第3節 タイの日系企業(2)
     ─豊かな社会を現地に築け─

 1.国際化への対応を急げ

 バブル後の不況が果して底を打ち、これから上昇局面に向かうのかどうかについて、楽観、悲観の二つの見方に分かれている。しかし、政治改革を巡る自民党内の分裂から、解散、総選挙となり、政治の空白から、景気は二段、三段底の低迷を続けることは確実。
 あの政治の堕落ぶりに対しては、もはやわが社、我が経営が自己防衛をするしかないとの確信を持って、各社、一丸となってこの難局を乗り越え、新しい経営地盤を確立すべきだ。
 ここでは、前節に引続き、新しい国際化の中で、企業はどう対処すべきか考えてみた。前節では、タイとはどんな国なのかを概略紹介したので、今回は実際に、タイに進出している企業の事例から、その核心部分に触れてみよう。21世紀以降、もちろん業種にもよるが、大、中、小を問わず、いや応なしの国際化への対応を迫られることは必至だからだ。

 2.上がる労働コスト

 海外進出にはいくつかのタイプがある。
@安い労働コストを求めて生産基地を移転する、
A販売拠点(現地市場開拓)を設ける、
B情報収集を目的とした営業所設立、
C技術供与によるロイヤルティー獲得、
D原材料調達拠点、
等がそれだ。
 これまでの海外進出では、@の「労働コスト対応型」が多かったが、これからは情報収集や、現地市場開拓、技術供与が多くなって来るだろう。
 タイ矢崎電線は、Aの「現地市場対応型」と、@の「労働コスト対応型」であったように思われる。同社がバンコクに現地法人として設立されたのは、1962年であったが、生産される電線の96%が同国で消費されている。シェア40%のトップメーカーだ。
 1987年の生産量530トン、91年1,230トン、約2倍の伸びに対して、生産金額は7,000万バーツから、 24,200万バーツへ約3倍の伸びは、高度な電線に生産がシフトしていると考えられるから、タイの高度成長にともなう、需要の高度化への対応が進んだ事を意味している。
 しかし、相次ぐ海外企業の進出で、賃金水準が上昇し、これがネックとなっていることも事実だ。特に大卒エンジニアは、年間1,200から1,400人しか出てこないので、奪い合いの様相を呈している。コンピュータを扱える若年者もそうだ。
同社では、大卒技術者には7,000バーツを支払っている。一方、タイ・スズキモーターでは、去年7,800バーツから、一挙に12,000バーツに引き上げたと言われるから驚く。まさに金の卵だ。
 タイの官公庁の賃金水準は低く、これが今どんどん引き上げられている。これがベースとなって、今後、益々賃金水準の引き上げに拍車が掛かって来ることは確実だ。果して、いつまで持ちこたえられるか。高賃金を支払えるだけの、高収益体制を維持することが不可欠となろう。労働コスト対応のみで海外進出を企てると、いずれは経営が破綻することは確実。現地市場の深く、高度な堀起こしという戦略が欠かせない事を教えている。

 3.環境問題への対応

 「街に車が溢れ、公害がひどくなればなるほど儲る会社ですから。」とは、タイ矢崎電線での弁。冗談と言えばそれまでだが、同社を含むタイ矢崎総業グループの最大の、自動車用ワイヤハーネス部門を指しての言葉だろう。
 タイ・スズキモーターにもそれが言えるだろう。大気汚染を中心とした環境悪化に対しては、きちんとした対応をすることが必要だし、また始まってもいる。



 タイスズキモーターではすでに、騒音の規制への対応は終わり、CO2対策を、ヨーロッパのスタンダードに合わせて、段階的に対応することになっており、今年中に40を達成する。ノン・スモークレス・オイルを使うと、値が倍になるが、これを使うことに踏み切ったほか、スズキを含む各社ともエンジンの改良中である。ただ、同国では黒い廃棄ガスを出すバスのジーゼルエンジンには、殆ど手がつけられておらず、まだまだ先は長い。
 現在約85万台を生産しているが、今後の経済成長次第では、更に生産台数は伸びるだろう。生活環境の悪化と引き換えの現地貢献では、せっかくの苦労も報われない。日本よりも優れたエンジンを組み立てていると言われ、国民のニーズに対応したデザインや車種(男女共用のオートバイ)の開発も進めながら、いかに環境を守って行くかが問われよう。同社の技術をもってすればそれは可能であるし、いますでに取り組みが始まっている。

 4.豊かな生活への貢献を

 タイはいま高度成長を突っ走っているわけだが、日本人が過去に経験したように、まだまだ地域格差や、所得格差の激しい、途上国の段階にあると言ってよい。
 地方から出てきている若い女性の中には、飯付き、部屋付きで、月、1,000から1,500バーツの賃金(5,000円から7,500円)で生活している人が大勢いる。日本の大学生の女の子の都会のアパートでの生活ぶりと比較せよ。
 タイ矢崎電線では、31歳の平均賃金が6,000バーツ(30,000円)、高卒初任給が3,200バーツ(16,000円)だ。ちなみに、1300ccクラスの乗用車が、40万バーツ、31歳の人で70カ月、約6年飲まず食わずで、やっと買えるといった状態。
 いまタイ矢崎電線では、24時間、2交代制を3交代制にしたいが、「給料が上がる方が先だ」として、組合が待ってくれと言っている。労働時間が長く、体を酷使しても、経済的豊かさが先決だと言うのだ。これを、後進国の貧しさと一概に決めつけるのは、富めるものの奢りだ。それは、前回タイの実情を紹介したので、よく判っていただけると思う。「豊かさとは何なのか考えさせられてしまう」と日本人マネージャは言う。
 日本人は、経済的豊かさと引き換えに数多くのものを失った。失ってみて初めて分かる自然、人間愛、伝統的文化遺産、老人に対する敬愛、信仰心、コミュニティーなどの良さがそれだ。
 いま、新しい国際化の時代だと私が言うのは、我々日本人は、もっと自信を持って、こうした経済生活の豊かさを追求する途上国の人たちに対して、大きな貢献をする必要性があると思うからだ。
 これは確かに、企業の役割を超えるかも知れない。しかし、大も中も小も、出るからにはそれだけの覚悟を持って事に当たることが必要だ。地球市民として、世界に貢献する日本企業の役割の一つである。最近では、安い労働力目当てで海外進出をする日本企業のあり方が、国際的にも(特にフランス)批判の対象となっていることをもっと反省すべきだ。


 第4節 上海・西安経済・文化最新事情

「地図」



1.動き始めた巨大な生産力

 1994年1月30日から2月4日まで、6日間の日程で、中国は上海の浦東(ほとう)経済開発区、西安の工業開発区及び文化事情を視察、資料を収集してきた。開放政策の中で、めざましく発展する中国経済の一端をかいまみることが出来たので、ここに報告することとしたい。
長引く不況と産業構造の変動の中で、中国はこれからも、我々にとって魅力あるパートナーシップであり続けることは出来るのだろうか。
 ひところ、深せん経済開発区が注目を浴びたが、今ではその重心は完全に上海南東部、浦東開発区へ移ったといってよい。すでに、テレビ、繊維などの巨大工場が操業を開始し、台湾、アメリカ、香港、日本などとの合弁、合作、独資などのプロジェクトが目白押しである。

表 日本企業の地域別投資件数
      件数    %
上海     231   12.5
陜西(西安) 15    0.8
北京     194   10.5
天津     101    5.5
遼寧     642   34.8
広東     186   10.1
江蘇     100    5.4
その他    376   20.4
合計    1,845   100.0


 企業進出にあっては、体制の不安定さに加え、様々な不安材料はあるが、すでに知られているように、免税など様々な特典が受けられることに加え、豊富な労働力、12億という巨大な消費購買力を背景にした企業進出は魅力である。
 収集した資料を十分検討しているわけではないので、正確さを欠くかも知れないが、中国経済は、現在産業化のテイク・オフを開始したばかりであり、鉄や石油化学など基幹産業に若干の加工組立型産業と、基礎的生活物資(農産品及び同加工品を含む)中心の高度成長であるように思える。
 現地の人によれば、日本からの進出には、これら中国側の要請との間にミスマッチがあり、不満もあるという。鐙小平率いる開放路線が、同氏の亡き後いつまで続くかもシナリオが描けない。

 2.12億の巨大な消費力

 500万人の人口を擁する西安とはいえ、上海など沿海部との経済格差も大きい。全般的な所得・生活水準、産業、生活インフラの整備水準も未だ低い。
しかし、開放路線が今後も続くと仮定して、次のようなシナリオを描くことはできるであろう。
 今後経済開発区中心に、高度加工組立型の巨大な生産基地が展開し、高度インフラや研究開発支援体制も進展し、全般的な所得水準の、従って生活水準の向上(貧富の格差は拡大する)をみ、蓄積された資本によって、第3次産業の進展が図られる。大都市への人口と、経済力の集中を見ながら(農村部の衰退)、内陸部へも波及していく。この時点で、生産、流通、消費、生活にわたる様々なハイテク技術が花開き、高度消費社会が実現する。
 さてこの様にみて来ると、現時点での我々の中国経済との関わり方は、どちらかといえば、我々がすでに卒業したか、いままさに卒業しなければならない、ローテク・チュウテク技術部門での協力関係であり、ハイテク・超ハイテク部門はこれからの課題ということが出来よう。

3.計画経済vs市場原理

 最後に気がかりなのは、基幹経済部門の計画経済を残しながら、いつまで市場原理による経済開放が続くかという点である。これについては、未だ歴史的な経験がないために、誰も予測することはできない。
 そのようなシナリオのない自由化を、様々な矛盾を抱えながら、いま中国が模索しながら走っている。我々の文化のふるさと中国の今後の発展を祈りながら、なおしばらく成行きを注目する必要があろう。


 第5節 ベトナムの投資環境雑感

1995年11月初旬にベトナムのホーチミンとハノイを回り、ベトナムの経済・投資環境を調査して来た。ここでは投資委員会、各企業を一通り回った段階で、南部を中心とした「投資環境雑感」という形で取りまとめた。
現在ベトナムでは、APEC加盟を間近に控えて、ドイモイ(「新しく変える」の意)政策が進行中であり、幾多の課題を抱えながらも着実に「自由化」の道を歩んでいる。
過去、戦争(ベトナム戦争)に明け暮れ、国土が疲弊したベトナムにとって、先進国との協力関係を強める中で、果たして真の「夜明け」は来るのか、そのワンシーンを垣間みてきた報告である。

 改善される投資環境

 まず、SCCI(投資委員会)でのライセンス取得に要する日数も45日(4,000万$以上は45〜60日)に短縮されるなど、投資環境はますます改善されているように見える。
 中小の投資、しかも農林漁業を基礎とした軽工業の小規模投資も依然活発であり、歓迎されているところである。反面プロジェクトが資金面で行き詰まったり、「土地法」の改正による用地利用面での事後のトラブルも多い現状であると聞いた。
  次に道路、橋、通信など基本的インフラ整備水準が遅れており、原材料や日常生活物資の供給にとって足枷であるほか、投資をしようとする側にとっては、インフラ整備が不可欠の投資には、今しばらく時間が必要だと思える。また投資が出そろっていない現状では、慎重な姿勢が求められる。
 電力は60%が水力発電で安定しているが、視察した国営企業(タンコン・テキスタイル)の場合、平日停電のため一日中工場が稼働していなかった。インフラは今後整備が進むと思われるので、常時把握が必要である。



複雑な投資環境

 しかしながら、投資環境も様々なマイナス要因を抱えていることも事実だ。ここ数年インフレ率が14〜15%と高いことである。もちろん過去の経済政策の誤りから年率4〜8倍のインフレが進展した頃と比べると、一応は落ちついている。
 対策は、基礎的生活物資の供給促進と、外貨獲得の両面で進められているが、物価上昇は有効な対策がとられないと、賃金水準を高め、将来現地生産というコスト面でのメリットを薄くする可能性がある。
また、企業により賃金水準に差がある点も気にかかる。月額最低賃金は35ドルとされており(現在では45ドル)、基本給で45ドルぐらいから60ドルぐらいまで差がある。外資系企業を中心に、給料の高い企業ほど採用が容易で定着率もよい。反面、従業員の企業間での流動を高め、企業に対する要求も複雑になってこよう。
識字率の高さに現れているように、国民の教育水準は高く、従業員教育をあわせた質の高い協力関係が肝要と思われる。
 農業人口が70%と高いが、農業に対する結束は高いので、離農による豊富な労働力供給には限界があり、賃金上昇が加速度的に進む可能性がある。
 南部の場合コメを中心の農業生産(三期作)であり、農閑期の臨時雇用は可能であるように思われる。現に、農村部から都市部への短期就労が様々な形で進んでいると聞いた。
 製品の品質管理に関して意識が低いのではないかと思われる。むしろ、企業経営に「品質管理」という概念すらないのではないか。しかし、地道な対応で一定の水準を維持できる。しかし繊維製品に関しては素材によっては、高温多湿のため、コンテナ出荷の場合にカビが生えることもあり、対策が必要である。
国民性は概して明るくハッキリ物ごとを主張する。若年女子の関心は自分の能力を活かした職業に就くことにあり、ファッション関係に興味旺盛といったところで、ドライな性格故、あまり「微に入り細に入り」の日本的人事管理には向かないのではないか。おおらかな対応が求められる。
最後に、投資全般に関しては、農林漁業を基本とした加工部門及び軽工業に中心があり、いまだ出そろっている段階ではない。重化学工業及び加工組立型産業へ離陸するためには今しばらく時間がかかると思われる。
 従って慎重姿勢が求められるであろう。しかし、現地日本人スタッフの指摘にもよるが、複数のパートナーによるプロジェクトが資金面で行き詰まるケースがあり、ここへ乗る形の投資も有望だ。投資の重心は、経済の南北格差もあり、今後はハノイ、ハイホンを中心とした北部に移ると思われる。
なお当然のことながら、若者(18〜25歳)には兵役義務があり、3年間の徴兵制度に服さなくてはならないが、会社の保証があればこの義務は免除される。また、除隊後元の会社へ戻れば、兵役期間の給料がもらえるという。

ドイモイはどこへ行くのか

ドイモイという自由化政策は今後、統制経済(計画生産・管理生産)という社会主義的性格を弱め、ピュアな資本主義へと変わると思われる。今その過渡期にあり、投資は慎重にしかも将来を見越した先見性と大胆さが求められると言えよう。



ハノイの国営工場(繊維製品)の担当者が、取材が終わった私たちに、「どうぞみなさん、日本に帰って私たちの商品を買って下さる人がいたらぜひ宜しくお願いします。またベトナムへの経済協力をよろしく。」と語ったのが耳について離れない。