第3章 国際化時代からの企業経営
第1節 新国際化時代
(1)新国際化の意味するもの
まずはじめに、「新」国際化という言葉について、多少立ち入って考えてみたい。「国際化」inter-nationalizationとは、一般的に言えば、政治、経済および社会的諸関係が、一国内での展開にとどまらず、国境の壁を乗り越えて展開し、そこに一国内で展開する場合とは異なった、独自の制度や仕組みないしは秩序によって形成される、複数国家間の新しいシステムの形式ないしは展開ということであろう。しかし国際化ということは、何も今に始まったことではなく、貿易面をとってみても、シルクロードの時代から−いやもっと以前から−存在しており、現在まで経済発展の様々の局面で進展してきたのであった。
それでは、「新」国際化時代と言う時の「新」の意味は何なのか、従来の国際化と比べて、如何なる意味でそれが「新」なのかについて答えなくてはならないが、そのためには恐らく、国際化についての長い歴史的考証を要しよう。ここでは、昭和60年秋のG5以降、急激かつドラマチックに展開した円高のもとで、それまでの企業の海外進出にどのような変化が現れてきたのかを見ることによって、新国際化時代の地域経済のあり方を展望してみよう。構造不況地帯、企業城下町、地場産業都市、先端産業集積都市、農漁村の過疎地帯、観光地など、今地域経済は大きな転換を迫られている。昭和48年末と54年の2回のオイルショックによって、日本経済は重厚長大型から先端技術を中心とした軽薄短小型産業へと重心を移動させてきた。ここ静岡県においても、清水市に代表される素材型工業地域の低迷、ルート246周辺東部地域の発展、林業と農業を主体とした北部山間地の過疎化、オートバイ、楽器、繊維のいわゆる三大産業に依拠する浜松市の相対的地位の低下、中東遠地域への工場進出の増大、伊豆の観光の低迷という具合に、地域経済の勢力地図を大きく塗り替えてきた。また時代を先取りした様々な動き、取り組みが目に付くようになった。こうした動きがいわゆる“脱工業化”をいっそう進めていくことは明らかだ。
こうした経済のソフト化・サービス化の流れの中にあって、新国際化もまたそれを押し進める重要なインパクトになるに違いない。新国際化とは、言ってみれば、このような経済構造の変動を促すものとして、地域経済、地場産業の上に覆いかぶさってきたと言えよう。
(2) 新国際時代の海外進出
活発化した中小企業の海外投資
我が国の企業の海外投資に占める中小企業、中堅企業の役割は近年大きなものになってきている。通商産業省の資料によれば、昭和60年の海外投資は112億ドルであったが、そのうち中小企業だけをとってみると、17億ドル(15%)と、なるほどウエイトは小さい。しかしこれは中小企業の資金力から言えば当然の話で、むしろ同年の海外投資件数2,513に、中小企業が967(38%)を占めている事実に注目しなけれなならない。
このような中小企業の海外進出で注目すべきは、商業・サービス業に対して、製造業の伸びが顕著なことだ。今から10年前の昭和52年には、海外投資件数(新規証券取得件数)の中で、製造業が22%、商業、サービス業が75%であったものが、昭和61年には、47%対51%とほぼ同じレベルに近づいている。
それでは、このような中小企業は一体どこへ進出しているのだろうか。同じく新規証券取得ベースでみると、まず商業、サービス業の場合、昭和61年で61%が北米となっており、あとはアジアが23%、ヨーロッパが7%と続いている。製造業の方はどうか。商業、サービス業が中心で北米中心であるのに対して、製造業の方はアジア中心であり、ここ数年アジアへの傾斜を強めている。昭和61年では、北米が27%であるのに対して、アジアは、韓国20%、台湾21%、香港6%、その他アジア18%、合計65%となっている。
ヨーロッパは7%にすぎない。
とくに、アジアNICS(新興工業国群)への投資活動は活発で、台湾、韓国、シンガポールが、1986年に受け入れた1,625億ドルの投資額のうち、日本からのものが624億ドルで38%を占めている。1987年1〜6月期には、1,444億ドルのうち日本は525億ドルで36%である。半年間で前年の投資額に匹敵する額だから、いかに投資が活発化しているかが判るであろう。
現地生産を行っている中小企業を業種別にみると、昭和59年には機械系の業種が43%とトップである。内訳は一般機械9%、電気機械16%、輸送用機械12%、精密機械が6%となっている。今回の円高で、電気機械、輸送用機械の比率が一段とアップすることになるであろう。機械系以外の業種では化学が11%、繊維が9%などとなっていて、10年前の昭和49年と比べると、繊維が大幅な落ち込みを見せているのと対称的に、化学、機械がウエイトを大きく伸ばしているのが特徴だ。製造業の現地の主役は、電気、輸送用など機械系業種である。
中小企業はなぜ出ていくのか
中小企業が海外進出する時は、それなりの理由があってのことである。中小企業庁の『国際化実態調査』(昭和61年2月)によれば、現地生産に踏み切った中小企業で一番多いのは、アジア地域の場合、「低廉豊富な労働力の利用」で、75%を占めている。ところがこれは、昭和50年以前に進出したものの理由で、50年以降進出については状況が異なってくるから、またあとで述べよう。次に多いのが「現地国や周辺市場が有望」で36%、あとは「安値な原材料の確保」が23%、「現地国からの要請」20%、「為替変動のリスクの回避」が16%、「海外情報の収集力の強化」が13%、「海外進出した販売先、親会社からの受注確保」が10%などとなっている。(このアンケートは複数回答のため合計は100を越える)ところが、昭和50年以降に進出したものの理由についてみてみると、大きく減少または増大した項目があることに気づく。まず、「低廉豊富な労働力の利用」については、49%と大きく後退している。これとは逆に、「現地国や周辺国市場が有望」が48%と大きくなって、前記理由にほぼ並んでいる。
この間のアジアの工業化には実に目覚ましいものがあり、それらの国々での工業の裾野を著しく拡大した。中小企業のアジア(香港、台湾、韓国、シンガポール)進出の背景には、これら諸国の工業化と市場の拡大があったのであり、進出の理由も単に「低廉豊富な労働力の利用」という受け身のものから、市場開拓という能動的理由へ転じたと言ってもよいであろう。このことは、「海外進出した販売元、親会社からの受注確保」という理由が10%から24%に増えており、後追い的進出の増大となって現れている。
北米・EC諸国の場合は、理由が3つに極限されているのが特徴で、「現地国や周辺国市場が有望」が71%、「海外情報の収集力の強化」が52%、「消費者ニーズへの対応」が48%となっている。この理由のうち、前2者の理由が十数%伸びていることは特徴的である。
それでは、このような海外進出は成功に終わったのか不成功(失敗)に終わったのか。もちろん成功、不成功の基準をどこに求めるかは、非常に難しい問題であり、要はそれぞれの企業がどう判断しているかである。この問題は予想されることであるが、大企業と中小企業とで大きな開きが見られる。同じく中小企業庁の資料によれば、大企業の場合、「成功」38%、「どちらかと言えば成功」31%、合計69%が成功と判断しているのに対して、中小企業の場合は、「成功」18%、「どちらかと言えば成功」36%、合計54%にすぎない。17%は「不成功」と言い、残り29%は「どちらとも言えない」と答えている。このように中小企業にとっての海外進出は、大企業に比べて容易ならざるものと言うことができよう。
そして、このような海外投資を今後どうするのかの方針についても、大企業は全体の47%が、新規事業、新規地域並びに現在の事業への追加投資を考えて積極姿勢であるのに対して、中小企業の場合は24%にすぎないのに加えて、従来投資の縮小・撤退を考えている企業が14%もある。このように、中小企業の海外進出を取り巻く環境は実に厳しいものであることを忘れてはいけない。
しかし、悲観してばかりもいられない。今回の円高には、急激かつ異常なものがあり、もしこのまま1ドルが120円台から、さらには110円台へと推移しているようなことになれば、多くの輸出依存型産業(輸入関連も含めて)にとって、内需への転換、業種転換、コストダウンに限界があるとすれば、海外進出は死活問題である。現に、静岡県内の多くの中小企業、中堅企業がすでに、海外進出をしたか計画中である。(表1)
成功と失敗の明暗を分けるもの
このような海外進出を成功に導くポイントの1つに周到な事前準備がある。進出のタイミングを失わないことも大事だが、やはり念には念をの準備が必要である。この準備さえ徹底して行われていれば、進出後いろいろな形で問題が生じた時にも対応が可能である。中小企業庁が、成功した中小企業について、重要視した事前準備を調査したところ、アジア地域については、1番多いのが「現地情報の収集」で62%、次いで「パートナーの選択」44%、「派遣人材の養成」24%、「現地従業員の確保」22%、「販売ルートの確立」18%などとなっている。北米・EC諸国の場合は、「現地情報の収集」が75%と最も多く、アジア地域の場合と変わらないが、「販売ルートの確立」が42%と高い。「パートナーの選定」は逆に26%と低くなっている。いずれにしても、中小企業にとって、進出の担い手となる人材の育成をはじめ、情報収集力、パートナー選びといった、要するにハードな経営体質からヒトやその活用を中心としたソフトな経営体質が重視されていると言える。
それでは、トップにあげられていた情報収集のうち何が重要視されているであろうか。欲しい情報は、もちろん企業によって異なるであろうが、アジア地域については、「パートナーの信用状況」が43%でトップで、「現地の税制法律制度」40%、「現地の産業経済動向」と「現地政府の外資政策」および「現地の販売ルート」がそれぞれ30%などとなっている。北米・ECの場合は、「現地の販売ルート」が77%と圧倒的で、あとは、「現地の税制法律制度」41%「現地の産業経済動向」39%「パートナーの信用状況」20%となっている。このような各種情報をいかに多く、いかに多くのルートを通じて収集し、海外進出にあたって、いかに的確な判断を引き出せるかが重要である。
しかし、パートナーに恵まれ、十分な事前準備をして企てた進出も、必ずしも成功するものでないことは先ほども見たとおりである。「現地の販売競争が激しく販路開拓がうまくいかなかった」「現地の環境が事前情報とかなり違っていた」「現地で急激な経済変動が起きた」「パートナーの選定を誤りトラブルが生じた」「現地での賃金コストが予想以上に高くなった」「現地への派遣人材が不適切であった」「本社の業容に比べ、投資規模が過大であった」「現地政策が変更された」等々、半ば予期され、半ば予期されなかった要因さらには企業としての経営努力を越える要因によって行き詰まるケースが多々である。問題は個別企業での対応もさることながら、地方公共団体をはじめ、貿易関連団地など地域社会全体の取り組み如何が課題解決にとって重要であり、中小企業による海外進出が活発な静岡県にあっては、いわば静岡型国際化とでも言うべき視角が必要になっているのではあるまいか。
(表1) 中小企業の海外進出
| 企業名 | 所在地 | 内容 |
| 山川工業 | 富士市 | 米国に工場建設 |
| 遠州軽合金 | 浜松市 | 同上 |
| アスモ | 湖西市 | 同上 |
| 村上開明堂 | 静岡市 | 米国に合併会社設立 |
| 中村鍛造所 | 浜松市 | 同上 |
| 起立木工 | 静岡市 | 中国、シンガポールに拠点 |
| 東海家具工業 | 静岡市 | インドネシアに拠点 |
| 伊豆木器 | 修善寺町 | 韓国の中堅家具メーカーと提携 |
| シャンソン | 静岡市 | タイ、シンガポールに生産拠点 |
| はごろもフーズ | 清水市 | タイに生産拠点 |
| ほてい缶詰 | 蒲原町 | 同上 |
| 日本オートメーション | 浜北市 | 韓国に生産拠点 |
| 不二電子工業 | 静岡市 | 同上 |
| 富士根産業 | 沼津市 | 同上 |
| スター精密 | 静岡市 | 英国に生産基地 |
| 田宮模型 | 静岡市 | 米国に生産基地 |
| TOKAI | 静岡市 | 同上 |
| 鈴木総業 | 清水市 | 米国に販売の現地法人 |
| 東海澱粉 | 静岡市 | 輸入品販売強化 |
| 東平商会 | 長泉町 | カナダに生産法人設立 |
(3) 静岡型国際化への条件
静岡県の貿易構造と国際化
静岡県地域産業の国際化を規定しているのは、静岡県の貿易構造である。国際化とは貿易そのものであると言ってよい。静岡県の貿易額は、少し古くなるが昭和40年には2,456億円であったが61年には1兆5,187億円に順調に増大してきた。これを輸出額と輸入額の比率で見ると、昭和40年の75(輸出)対25(輸入)であったものが、昭和50年代前半の70対30という時期を経て、50年代後半は輸出が75%を少し越える状態が続いていたが、急激な円高に見舞われた昭和61年には83%の水準へ移行している。円高にもかかわらずいっこうに衰えない輸出依存型貿易構造であるといえる。最近のドル安=円高の原因は、米国の貿易収支と財政の双子の赤字にあると言われるが、静岡県の貿易構造は、日本の貿易収支の黒字に大いに貢献し、円高の原因を作りだしたまさに張本人と言えるだろう。その意味で円高に苦しむのも自業自得と言えなくもない。しかし、円高の責任の一端を静岡地域産業に押しつけるのは少々残酷な話だ。というのは、日本の貿易収支の黒字は大部分大企業の集中豪雨的な輸出にあるのであり、中小企業はむしろ被害者だ。まして、その下請企業になればなおさらの事である。
このような静岡県の輸出依存型貿易構造を支えているのが、オートバイ、自動車を中心とする輸送用機械、それに電気機械、一般機械、精密機械、金属製品よりなる加工組立型工業である。この加工組立工業だけで、静岡県の輸出額の79%を占めている。木材・木製品、パルプ・紙などの素材型は12%、生活関連型は8%にすぎない。このように囲う組立型産業が輸出の中心であることは、静岡県の工業構造の中で同産業の構成比が高いことと対応している。だから静岡県の国際化は、その産業(工業)構造の性格から出たものと言ってよい。加工組立型の中でも輸送用機械は46%と群を抜いて大きい比率である。
ところで、この輸出入の地域別構成であるが、輸出については北アメリカが中心であり、昭和61年で43%を占めている。次いでヨーロッパ23%、東南アジア17%となっている。他方輸入については、北アメリカが35%と優位は変わらないが、ヨーロッパは9%と低く、東南アジアが逆に26%と高い。
このような貿易構造は、海外進出にも反映して現れる。「静岡県貿易業態統計調査」によって、県内企業海外進出状況をみると、この数年、進出企業数は着実に増えていることが判る。昭和61年には合計で102の企業が海外進出を行っている。(延べ進出企業数で206)この数字を多いとみるか少ないとみるかは議論が分かれるであろうが、かなりの数に達していることは事実である。地域別には東南アジアが92(45%)で最も多く、次いで北米の56(27%)、ヨーロッパの30(15%)となっている。全国平均と比べると東南アジアが少なく、ヨーロッパに多い進出となっている。北アメリカは全国平均とほぼ同じ比率である。目的別には現地生産が73、販路拡大が75と並んでおり、情報収集や原材料現地確保は概して少ない。
では大企業と中小企業とでは、どのような割合になっているであろうか。 昭和61年12月末時点での海外進出企業数102のうち大企業は36、中小企業は66と、中小企業が倍近くになっている。しかし延べでみるとこの関係が逆転し、206の件数のうち、大企業が120(58%)、中小企業が86(42%)となっている。全国平均では、昭和60年の数字だが、中小企業は38%であるから、静岡県の場合は中小企業の占める比率が高いと言える。
業種別には、機械類・輸送用機器が断然多く、合計102の企業のうち39(38%)を占めている。延べでみても206のうち85(41%)を占めてトップである。次いで多いのが雑製品で、残りの業種については少ない。このように、静岡県の海外進出は、その貿易構造を反映して、機械・輸送用機械中心の構造になっている。
(表1) 中小企業の海外進出
静岡型国際化への条件
海外進出の主体は民間企業であり、それを支援するのが、(社)静岡県貿易振興会、県国際化対策室などの公共および公的機関である。今地方自治体は地域社会(経済)の国際化に向けて様々な施策を展開している。
すでに全国で20の都道府県および市が海外事務所を置いているし、本県においても、ロサンゼルス事務所に加えて、昭和63年度より、シンガポールに駐在員事務所を置くことがすでに決まっている。また、静岡県国際化対策懇談会によって、次のような提言も行われ、部分的に実施に移されている。
@県、大学、企業および商工団体などで構成する「静岡経済国際化推進会議」の設置
A(社)静岡県貿易振興会の体制強化
B情報データ・ベース基地「SWIC」の設置
C「静岡県国際ビジネス・スクール」の開催(すでに実施)
D県立大学との提携により公開国際講座の開催
E国際ビジネスマン育成研修の実施
F海外事業活動の支援
G外国人の受け入れ体制の整備
国際化の進展は一般に、モノ(貿易)⇒カネ⇒情報⇒ヒト⇒文化の順に進展していくと考えられ、現在、情報段階までの国際化はかなりの進展をみ、ヒトの国際化もある程度の進展をみている。しかし、異文化の摂取、融合化はまだまだこれからと言ってよい。地域社会がそれぞれの特性、個性に応じ異文化を共有し、地域社会の発展に役立てるようになるまでは、相当の努力と時間を要しよう。地域住民、企業、各階層、団体が幅広く、国際化社会の成果を享受できるようなシステム化、ネットワークづくりが望まれる
ことである。
(「しずおかの挑戦」静岡経済シンポジウム実行委員会1988年4月より転載)