10章  過疎社会と再生


第1節 過疎社会について

過疎問題とは何か

 過疎地域活性化特別措置法(以下「新過疎法」という。)は、過疎地域、すなわち、人口の著しい減少に伴って地域社会の活力が低下し、生産機能及び生活環境の整備等が他の地域に比較して低位にある地域について、その活性化を図り、もって住民福祉の向上、雇用の増大及び地域格差の是正に寄与することをそのねらいとしている。そして、地域の活性化の推進に当たっては、それぞれの過疎地域の自主的・主体的努力によって活性化を実現できるよう、地域における創意工夫を尊重しつつ、産業の振興・雇用の確保、高齢者関連施策、広域的事業の推進等に係る支援措置の拡充を図っている。
旧過疎振興法において、地域の「振興を図る」としていたものを、新過疎法においては、地域の「活性化を図る」としているが、これは、今までの過疎対策の成果と過疎地域の現況を踏まえた場合、新たな過疎対策においては、@地域の個性を活かして、地域の主体性と創意工夫を基軸とした地域づくりを重視する必要があること、A基礎的な公共施設(ハード)のみならず、いわゆるソフトを含む総合的な地域の発展を重視し、民間の活力の活用をも図る必要があること等から、これらの点により重点を置いている「活性化」という用語を用いた方が適切であると考えられたからである。
 新過疎法で定められている過疎地域とは、具体的には、次の人口に係る要件及び財政力に係る要件のいずれにも該当する市町村をいう。
 @ 人口に係る要件(次のいずれかに該当すること)
(イ)昭和35年の国勢調査人口と昭和60年の国勢調査人口による人口減少率が25%以上であること。
(ロ)人口減少率が20%以上であって、昭和60年の国勢調査人口における60歳以上人口の比率が16%以上であること。
(ハ)人口減少率が20%以上であって、昭和60年の国勢調査人口における15歳以上30歳未満人口の比率が16%以下であること。
 A 財政力に係る要件
   昭和61年度から昭和63年度に係る財政力指数が0.44以下であること。






 愛知県の過疎地域
小原村、足助町、下山村、設楽町、東栄町、豊根村、富山村、津具村、鳳来町、作手村、


平成4年度版、「過疎対策の現況」、平成5年7月30日発行.P8〜10. P276. P288〜290.
第1-1項目別過疎対策事業費
             (単位:億円、%)

区  分

旧過疎対策法実績

旧過疎振興法実績

合  計

交通通信体系の整備

(49.6)
39,197

(49.5)
85,942

(49.5)
125,139

教育文化施設の整備

(12.0)
9,470

(9.8)
17,085

(10.5)
26,555

生活環境施設及び
福祉施設等厚生施設の整備

(11.3)
8,945

(10.4)
17,983

(10.7)
26,928

医療の確保

(1.2)
953

(1.4)
2,457

(1.4)
3,410

産業の振興

(22.2)
17,524

(27.8)
48,257

(26.0)
65,781

集落等の整備

(0.2)
190

(0.2)
412

(0.2)
602

その他

(3.5)
2,739

(0.9)
1,534

(1.7)
4,273


(100.0)
79,018

(100.0)
173,669

(100.0)
252,687



(1)人口論的過疎論

 「このように、大都市の過密問題と裏腹の関係にある農山漁村地域の問題は、過疎問題Under−population−problemsとよばれている。すなわち、公的機関としてはじめてこの問題を取り上げた1967年の経済審議会地域部会報告は、過疎という新造語を「人口減少のために一定の生活水準を維持することが困難になった状態、たとえば防災、教育、保健などの地域社会の基礎的条件の維持が困難になり、それとともに資源の合理的利用が困難となって地域の生産機能が著しく低下すること」と定義し、また「人口減少の結果、人口密度が低下し、年齢構成の老齢化が進み、従来の生活パターンの維持が困難となりつつある地域では、かそもんだいがしょうじ、また生じつつあると思われる」。
 しかしながら、過疎化の実態と対策を研究するためには、市町村といった行政区単位ではなく、農村の最も基礎的な地域集団である村落から出発し、順次広域的な視点を導入していくとともに、これらのミクロ面とマクロ面の相互関連をみることが必要である。なぜなら、過疎問題とは、一般的には経済成長にともなう伝統的な村落共同体の崩壊と再編の過程で生じる社会経済問題の一つだからである。」         (東洋経済新報社 『経済学大事典U』 昭和55年)


(2)産業政策論的過疎論

 「だが、経済審議会や上述の〈過疎法〉で表明されている過疎問題に対する認識では、何が農山漁村に過疎をもたらしたかについての明確な問題意識が欠けている。
 過疎問題の中心にあるものは、生活面での暮らしにくさというよりも、農山漁村に固有な農林漁業の行き詰りである。〈国民所得倍増計画〉による1960年代前半の地域開発は、工業化を優先する基本方針にそってすすめられていった。そこでは、日本農業の効率的再編成が農業構造改善事業によって推進され、山村や漁村の農業は非効率であるとして切り捨てられていった。外材依存の木材政策は、日本の山村と林業を荒廃させ、さらに石油資本に従属するエネルギー政策によって、産炭地から石炭を、山村から木炭生産を追放してしまった。
 農山漁村に固有な農林漁業が行き詰ってしまっては、住民は暮らしてゆくことができなくなる。仕事と所得を求めて、農山漁村の人口は都市と工業地域に向けて移動し、その結果として生じたのが、農山漁村での過疎問題である。」
(岩波書店 『経済学辞典』1979年)


(3)資本蓄積論的過疎論

 「過疎問題は、資本の蓄積法則のなかでみる必要がある。すなえあち、たんなる人口移動の問題であるとか、高度経済成長のひずみであるとかでなく、独占資本の強蓄積のメカニズムのなかで、一方で〈過疎〉を、その対極に〈過密〉を生みだしているのであり、両者を表裏一体として把握しなければならない。この観点でみると、過疎とは昭和30年代・40年代の資本の高蓄積過程=高度経済成長過程において、農林漁業を中心とする地域がそれまでの生産と生活の基盤がほりくずされ、その地域で生活していた人々が工業地域に労働力として流出していき、そのことがまたその地域の生産と生活の維持を困難にし、集落ばかりでなく地方自治体の存立基盤まで困難にしている状態である。まさに、過疎問題は資本蓄積の結果ひき起こされた現代的貧困の地域的表現である。」
(大月書店『経済学事典』)


(4)応用人類学的過疎論


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(5)共同体論的過疎論

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(6)限界扶養力的過疎論


 「昭和30年代後半から始まった過疎の原因としての急激な人口移動は、高度経済成長による工業の発展とそれを基盤とした都市地域の発展に促されたものであったろうが、一方において、石炭や薪炭から石油へという燃料革命と荒れ果てた山林への植林事業の完了という山村地域の経済環境の変革にも大きく起因している。
 山村地域におけるこのような構造的な所得議会の喪失は、必然的にこの地域の扶養人口の縮小をもたらし、経済的意味において過剰人口を現出させたのであろう。
 多くの地域の過疎化現象の中に、このような状況があったことは確かである。
 こうした「地域の限界扶養力的」な考え方からすれば、人口の流出は、経済的な意味合いにおいて、地域の人口規模が適正な状況へ移行しつつある過渡的な現象として捉えられるし、それはやがて一定の水準に落ち着くことになる。」
(国土庁過疎対策室長・蓼沼朗寿「過疎の時代を越えて」『地方自治』昭和61.6)


(7)内部要因説
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過疎法にみる過疎の定義

過疎対策の歩み

(1)各種公共施設の整備
(2)道路建設
(3)企業誘致
(4)村おこし事業
(5)嫁探し

過疎地域の現状

<過疎のイメージ>


「アンケートの集計結果」


(1)人口の推移
(2)企業立地
(3)Uターン
(4)都市との交流

これからの過疎対策


生態系の中の過疎



(1)グリーンツーリズム
(2)農林漁業対策
(3)都市と農村の交流
(4)矢作川の水源林対策
(5)アクティ森