第5章 「超」高齢社会と企業経営

 第1節「高齢者に優しい企業環境づくり」

 1.動きだした高齢化への対応

 21世紀の会社経営を考えるとき、高齢化、出生率の低下にともなう若年労働力不足、従業員の会社離れ、引き続く女子労働力の進出といった構造的要因を忘れることはできない。中でも人口構造の高齢化は、若年労働力不足(少子化)と相待って、企業経営に早急の対応を迫っていることは周知の通りだ。
 行政の取り組みとしては、労働省がすでに平成2年度から3か年の計画で、60歳定年制の平成5年完全定着、継続雇用の推進などを目指して、法制度の整備、キャンペーンの実施などの活動を展開しており、企業レベルでもすでに周知のように、様々な取り組みを開始している。

 2.労使双方の「ボタンの掛け違い」

 高年齢労働力の有効活用という問題は、企業経営にあっては、以上のような理由から避けて通ることの出来ない課題であり、また働く側からいっても、年金支給開始年齢の65歳への引き下げ問題と関連し、人生80年時代を迎え、生涯生活設計の上からも、きわめて重要な課題である。行政が実施したアンケート調査を見ると、在職時から定年後も働きたい意向は強いのである。

 しかし、特殊な業種を除き、60歳定年制がほぼ定着した現在、その後の安定的な継続雇用へと事態が進展しないのには、労使双方の側でのいわば「ボタンの掛け違い」とでも言うべき問題がある。また、継続雇用制度が働くものすべてに保証されているわけでもない。
 また、次のような根本的で、難しい問題もある。ここに、静岡県が実施した興味深いデータがある。この表は、企業の人事担当者と再就職希望者の双方に、「企業は中高年齢者の再就職希望について、どのように考えていると思うか」を尋ねた結果である。

 表 企業は中高年齢者の再就職希望についてどのように考えていると思うか
     (企業はそのように考えていると思う人数)
項目
在職者(%)企業(%)求職者(%)
社会的な要請であり義務である
118(34.9)175(53.2) 99(26.9)
知識と経験があるため、積極的に吸収したい
127(37.6)145(44.1)131(35.6)
労働力不足で、若年層の採用が困難なので歓迎する
133(39.3)121(36.8)195(53.0)
パートのような安価な労働力としてならば使ってみたい
264(78.1) 81(24.6)284(77.2)
中高年齢者は再就職が困難なだけに企業は使いやすい
110(32.5) 44(13.4)186(50.5)
若年層に比べてメリットがあれば採用したい
283(32.5)197(59.9)282(76.6)
社内の中高齢者は増やしたくない
216(63.9) 39(11.9)240(65.2)


 説明は省略するが、明らかに求職者(在職者)と企業との間に、高年齢者の再就職に対する捉え方にミスマッチがあることが判る。
 企業に取ってみれば、高年齢者の活用は、労働コストの増大、人事の停滞、モラルの低下といった、企業側から見たマイナス要因を意識ぜざるを得ないし、働く側から言えば、年金および賃金のカットなどの処遇の悪化、健康上の理由など、様々な要因で、働くことを躊躇する傾向が生まれる。まして現在のように、不況局面にたたされると、企業業績再構築のための「安全便」として、高年齢労働者が整理の対象となることも事実である。

 3.高齢者に優しい職場環境づくり

 この点で、最先端をいっている企業を紹介しよう。S鉄工所は、昭和26年に設立され、現在、大手ガス器具メーカーなど、40社に各種部品を供給する、従業員253名の中堅メーカーである。
 同社でも高齢化が進み、55歳以上の従業員が全従業員の24パーセントに達し、平均年齢は現在41.8歳。この5年間で平均年齢が1.6歳上昇したのには驚いたと言われる。かと言って、若年労働者は毎年殆ど採用できず、「夜も寝られず、胃が痛むような思いで新卒採用を考えている」と。
 ここまでの話ならば、一般メーカーと事情はほぼ同じだが、同社が人の扱いで優れているのは、「弱きもの」に対する明確な哲学と信念に秀い出ているからだ。ではどういうことなのか。
 同社の身体障害者の雇用率は6.4%、これで労働大臣賞を授賞している。なんと16名もの身体障害者を抱え、貴重な戦力としている。65歳以上の従業員が10%おり、最高齢者は79歳の男性、目もしっかりしているし、旋盤を扱わせたら、その右に出るものはないと言われる。「プライドも高く、若い人にも、絶対プライドを傷つけないように注意している。会社としては扱いにくい面もあり、なかなかむづかしいが、この人の素晴らしいところは、『やめろと言われても、死ぬまでこの会社はやめないぞ』という気迫」だそうだ。女子では、66歳の人がいまだにラインで頑張っていると言う。
 話が違うと言って、入社早々、すぐに会社をやめてしまう当世風若者とは明らかに、労働に対する考えも違うし気力も優っている。こうした人たちをいかに戦力として活用していくかの、力量がいま会社経営に問われている。
 「年齢と障害による差別は絶対にしないというのが、掛け値無しの方針であり、要は働けるかどうかであり、そのためには惜しみない配慮をする。」「いつも言っているのは、『会社や社会が私に何をしてくれるか』という甘えた考えは捨てて下さい。『会社に対して何が出来るのかを提案して下さい』ということです。」
 こういう角度から、高齢者や障害者に対する優しい職場・作業環境の見直しを実施するが、高い生産性や高収益性とは両立していると言われる。
 担当者によれば、「宛にならない若者や女子よりも、有効求人倍率の一番低い60歳前後層に、新規採用のターゲットを絞ること。決して会社に取ってロスにはならないと考えている。」と言いきる。
 若者が集まらない中小メーカーの、決してひがみではなく、高齢者や障害者といえども、貴重な人的資源を積極的に活用しようとする、未来先取り型企業の人材戦略として受け取るべきであろう。

 4.一貫したキャリア形成を目指せ

 同社の事例は、障害者や高齢者、それに女子労働力にしても、労働力不足、人口構造の高齢化という21世紀の課題に対して、ただ単に「おでまし願う」という、その場しのぎの対症療法的発想では、何等事態を改善しないという教訓である。
 新規学卒採用から、中途採用、職場復帰、リフレッシュ休暇、定年、継続雇用、退職と、従業員のライフサイクルに応じた職業キャリアをいかに一貫して形成するのか、そのための一貫した総合的な労務管理対策、人事管理対策が構築できるかが問われている。 高齢化社会という、企業に取ってのいわば「外部不経済」を、いかに「内部経済」に転化できるかの経営術である。会社内部を見渡せば、まだまだなすべきことは沢山ある。

 5.高齢化時代に企業は何をなすべきか

 平成7年11月18日、平成6年度の「国民生活白書」が、閣議に提出され了承された。諸外国と比べて、特異な高齢化社会の構造を持つわが国の、今後の在り方を考える場合に参考になる。 戦後最悪の不況を脱し、ようやく安定的な軌道に乗りかけた経済の今後には、まさに不透明感が残るが、これから、企業は本格的な高齢化社会に対して、どのような役割を果たして行けばよいのか。筆者は、平成4年度に県の高年齢者雇用推進事業に参加したが、その時の報告書をもとに、高齢者雇用の在り方について、静岡県東部地域にあるA社の事例を通じて考えてみた。

 高齢者雇用先進企業A社
 <A社の概要>

業種・・・・・ 食品・化学機械製造
総従業員数・・ 40名
定年制度・・・ 有 60歳(S.32年以来変更なし)
継続雇用制度・ 有 雇用契約は本人の心身の健康・事情を考慮し、1年毎契約更新とする 対象者は全員。
労働条件・・・ 勤務内容:同じ業務(自分の仕事に自信と責任を与える)。
賃金:同じ 昇給なし 定年時同額保証、同じ業務に従事しているため、格差をつけるのはおかしい、やる気を重視 。 
時間:原則同じ、週1回、2回といった契約も可。
身分:役職は解職(管理的責任、精神的負担軽減)  
企業全体:完全週休2日制(昭和49年より) 金曜日午後はリフレッシュタイムとして仕事はしない。心と体のリフレッシュとして散歩・テニス・ゴルフ等の時間を設ける 。
高年齢者の位置づけ・・・一般社員とあくまでも同条件、 戦力としての有効活用図る。
職場対応策・・ 特別には行っていないが、精神的・肉体的に老いを感じないように配慮している 。
今後の方向性・・ 高年齢者を積極的に戦力としての有効活用、定年を現行60歳から65、70歳へ延長方針。


 何故高齢者雇用なのか

 このようにA社では高年齢者雇用に対し、かなり進んだ考え方を示し、積極的に活用していこうとする姿勢が伺える。
 何故このような考えに至ったのか、同社社長が語るところによれば以下の通りである。

 「昭和32年から60歳定年制を敷いているのは、米国では、幅広い職種で年輩者が活躍している姿を以前から目の当りにしてきたからだ。平均寿命が伸びている中で、55歳で定年とするのは本人、企業双方にとって大きな損失である。それまで修得してきた知識、知恵を発揮できるのは、むしろ55歳以降であり、よしんば、肉体的衰えが見えたとしても頭脳、精神面で充分カバーできる。ある日をもって定年、明日からサヨナラというのは、あまりにも非人間的であり、会社の損失も大きい。労働力は若い方が良いという意見もあるが、これは幻想ではないか。 また地域社会全体としても、ローカル・コミュニティーが、高年齢者を意識させない文化創りをすすめるべきで、年齢による「老人」「高年齢者」といった差別を廃止する方向へ進めるべきである。また地域社会において、50歳代以上がゴールデン・エイジとして、地域にとけ込めるような環境づくりが必要であり、労働市場への適正人員配置を指導し、高年齢者の更なる有効活用促進が必要である。」

 社会的存在としての企業へ

 では企業は、なぜ高齢者雇用を積極的に進めるべきなのか。社長は語る。
 「年輩者を年輩者としてしか扱わないと、それなりの結果しか期待できない。会社がやらせないから、やる気がでないのであって、年齢は関係ない。近年のコンピュータ化に関しても、習熟度は遅いが、決して不可能ではない。会社は、どんな仕事でも、それ自体が楽しみとなるような環境を、社員(高年齢者)に提供すべきである。当社においては、年だからということは言わせない。老眼鏡を掛け、マニュアルを読み、時間が掛かっても理解しようとする行為自体が楽しみとなるような環境を作っている。」
  以上の社長の姿勢は、平成2年に策定した会社の経営理念にもあらわれている。

 <会社の方針>   
a.顧客により良いサービスを提供する   
b.生きがいのある職場を創る   
c.自然環境を守る  

 <行動の指針>   
a.創意と情熱をもって仕事に取り組む   
b.余暇を大切に明日への活力源とする   
c.心身の健康づくりに励む

  この理念に特徴的なことは、「余暇」「健康」をうたっていることである。企業にとって一番大事な資産は、社員である。社員が自己実現をするための場所として、会社は社会的に存在すべきと考えている。縁あって当社に就職したからには、退職時に後悔させないような職場環境を作るのが、経営者の責務である。
 この社長の姿勢が、「余暇」「健康」にあらわれ、金曜日午後のリフレッシュタイムにつながっている。 同社では精神面で老いを感じさせず、肉体的にも若さを保つ仕組みづくりができていると言えよう。同社は単に高年齢者雇用の先進企業と言うよりも、もう一歩進んで「企業の社会的存在」を認識し、実践している企業と言えるのではなかろうか。 「国民生活白書」でも、介護休暇制度への取り組みや、企業に順応しすぎた社員が、いかに地域や家庭に復帰できるシステムづくりを行うかなどを今後の課題としてあげている。 「社会的存在」としての企業の立場から、今後、雇用・人事管理システムの在り方を、真剣に議論して行くべきであろう。