第4節 西洋化の中の経営理念と企業再構築

  1.西洋化の中で搖れる経営理念

  いま、経営理念を最も集約的に示す「社訓」が、一つの転機を迎えている。
 伊奈製陶は一九八五年に「INAX」と社名変更したが、その際、従来の社是である「良品・共栄・至
誠・奉仕」を「環境美の創造と提供」と変更した。地方企業のイメージを払拭すると同時に、経営の
多角化を進めるという狙いがそこにあった。
 いまだ全社的に、その経営理念が完全に定着したとは言えないようだが、漫画で経営理念を表現し
たパンフレットをつくったり、小集団で、粘り強く社員と対話を試みているという。
 「思い込みとは裏腹に、主義主張が人を動かす。生死の瀬戸際では、人間は利害では動かない」と
いうことに、転換期に経営哲学が重要になるとする考え方もある。
  INAXが「共栄・至誠・奉仕」という、いかにも日本的な・伝統的価値観を社是から降ろしたのは、
明らかに西洋的哲学への転換を意味しているといってよい。
  三菱合資4代目社長の岩崎小弥太が、三菱商事の支店長会議の席上「所期奉公・処事公明・立業貿
易」の3綱領を示したのは、大正9(1920)年のことであった。
 以後この綱領は、70年の長きにわたり、三菱グループの精神的支柱として機能し続けてきた。現社
員の8割が、この3綱領が時代を超えて生きていると考えている。
  しかしながら、「使命は国家社会の公益にある」という解釈を、同社は1992年に見直し、「所期奉
公」の「公」は広く「社会、国際社会」であり、「処事公明」は、「フェアな企業活動」、「立業貿
易」は「健全なグローバルエンタープライズを目指す」という、現代的な(西洋的な!)解釈に変更
したのである。
  「人は遊ぶ存在(ホモ・ルーデンス)である」、「21世紀は精神性の時代である」、「高次の産業
ほど高付加価値を生み出す」(ナムコ)という基本理念もあ。これは同社の社員手帳に刷り込まれて
いる。
  また「仏教伝導活動の活動の支援を通して人々の幸福に寄与する」(精密測定機のミツトヨ、本社
川崎)という、異色の経営理念をもつ会社もある。

 2.背景に不透明な時代潮流

  つい先日の日本経済新聞に、「僧りょ公募や仏教塾▼▼中高年サラリーマン殺到  第2の人生仏門
で」という記事が出ていた。
  天台宗の総本山、比叡山延暦寺が、学歴や、経験、年齢にこだわらない「僧侶公募制」に踏み切っ
たところ、サラリーマンからの問い合わせが殺到したとか、東京国際仏教塾が、宗派や経験を問わな
い学校として開学したところ、50歳以上のサラリーマンと定年退職後の人たちが、雇用調整の始まっ
た92年ごろから倍増したというものだ。
 房総半島の中央、千葉県大多喜町の妙厳寺では、この東京国際仏教塾の実践教育が行われており、
大手研究所に勤める主席研究員が「世の中は恐ろしく進歩したが、一方でテクノロジーの世界を始め
として、何か行き詰まりを感じ始めた」として、入塾したという。
  「依然として企業は『モノ』による競争を優先している。サラリーマンはその矛盾に悩んでいる」
とは、国際日本文化センター山本哲雄教授の評価だ。
  サラリーマンも企業も、いま急速な社会経済環境の変化の中で、大きな変革期を迎えていると同時
に、矛盾も抱え込んでいる。上にあげた「社訓」の変更も、サラリーマンの宗教への逃避も、同じ現
実から起きている現象である。

  3.社会的存在としての人間

  思えば、人間はその進化の中で、社会的な存在としての思考方法や行動を身につけ、故に高度な社
会システムや技術・文明を築きあげた唯一の動物である。個人の存在は、社会によって規制され、社
会によってより高度な「社会的存在」として成長してきた。
  人間は社会システムへ参入することによって、そこで与えられた責任と任務を遂行する喜びを与え
られて初めて、個人の満足が充足され、従ってまた社会が進歩・発展するという社会的な定在である。
  ところで、この社会と、個人との関わり方には、歴史上、2つの大きな流れがあったように思える。
  1つは、社会(組織)を個人の上に置き、個人は社会(組織)の大きな意志のもとでその幸福や満
足の充足が得られるとする価値観であり、古くは中国で形成された「儒教」の社会観、従って人間観
である。そこでは、個人は社会の従属関数であり、「滅私奉公」が美徳の最たるものとして説かれる。
  これに対して、個人の欲望や利害打算の集合体として社会を考える西洋的な価値観であり、そこで
は「社会契約説」や「自由放任」が理想の社会システムであり、個人の能力を最もよく引き出すあり
方だとされる。
  歴史的には、様々な問題を抱えながらも、ドラッカー教授のいう「社会による救済システム」から、
「個人による個人の救済システム」へと明らかに向かっている。
  経済や企業経営の世界でいえば、消費者ニーズの多様な展開、新流通革命、規制緩和に代表される
自由化やボーダレス化の進展、さらには日本的雇用慣行の崩壊等がその「ギガトレンド」である。
(筆者は、今後百年単位で否応なしに進行する潮流として、そうした流れを「ギガトレンド」と呼
ぶ。)

  4.経営にリスクコントロールを

  静岡県内企業にも、この様なギガトレンドが押し寄せていることは言うまでもない。一歩対応を誤
ると、そこには取り返しのつかない破局が訪れかねない現状と隣合わせに企業経営は成り立っている
といえる。
  西洋化の中で、いまだ東洋的な社会システムから脱皮しきれない、企業経営のトータルな枠組みは
早晩崩壊せざるを得ない。
  社訓が見直され、反面では宗教への逃避が、一服の清涼剤としてもてはやされるのは、この様な過
渡期の現象と言えるであろう。何とか首尾よくやっていられるのは、矛盾を個人の中で処理し決して
社会に転化しない、東洋的な「滅私奉公」の美徳がいまだに生きているからだ。しかし時代はその歩
みを止めることはない。
  企業経営にあっては、これが破局へと向かうのを未然に防止すると共に、新しい西洋化へのギガト
レンドへ軟着陸させるために、ぜひとも、新しい経営手法を開発したいものである。