第3節 内発型テクノポリス−−浜松の実態
1. 問題の限定
テクノポリス構想とは、「地域の文化・伝統と豊かな自然に先端技術産業の活力を導入し、『産』(先端技術産業群)、『学』(学術研究機関・試験研究機関)、『住』(潤いのある快適な生活環境)が調和した『まちづくり』を実現することにより、産業構造の知識集約化と高付加価値化の目標(創造的技術立国)と、21世紀へ向けての地域開発の目標(定住構想)とを同時に達成しようとする戦略である」とされ、1980年にこの構想が発表されて以来、すでに7年ちかくの歳月が流れた。
“テクノポリス″といえば、経済に多少とも関心のある人ならば誰でも、「通産省のハイテク産業振興策で、現在地方自治体が地方都市の周辺に建設を進めている工業開発」くらいの定義付ができるほど、国民の間に定着したといっても過言ではあるまい。 筆者の勤務する大学の1986年度前期地域経済論の試験に、テクノポリスを含む現代先端技術開発の問題を出し、「なぜこのテーマについて興味を覚えたか」を問うたところ、ほぼ全員が「日頃新聞、雑誌、テレビなどで接していて興味があった」と答え、「卒業後の就職に関してテクノポリスの発展に大いに期待する」というのがかなりあったほどである。
そこで、テクノポリス建設途上にある18地域(1)の実態を分析し、学生たちの期待が現実のものとなるよう、そこにさまざまな問題点が潜在していることを指摘し、今後のあり方を浜松地域に即して検討した。
テクノポリスの原型とされた、アメリカ、カリフォルニア州サンタクララ郡内の シリコン・バレーは今日では有名であるが、そこではハイテク産業の相つぐ立地のために、地価の急騰、住宅難などの都市問題、大気汚染などの公害、地下水汚染、犯罪の増大などが表面化し、最近ではシリコン・バレー以外の地域へ工場が流出しているといわれる。(2)
テクノポリス構想にあっては、三大都市圏以外の県庁所在地クラスの地方都市を 「母都市」として、その周辺地域に開発区を設定し、そこにエレクトロニクスなど ハイテク産業を誘致し、このいわば「外人部隊」と既存の「地域企業」とを、下請取引などによる技術移転をつうじて、地域技術・地域経済のボトムアップをはかり、21世紀へ向けてのわが国の創造的技術立国の推進に役立てようというものである。
しかし、ここにおいてもやはり、首都圏など大都市圏に本社を置く先端産業の工場誘致による地元経済への波及効果という謳い文句も、若干の女子労働力雇用以外には、概して弱いものであること、空港、高速道路のインター・チェンジ、新幹線への近接が条件であることから、比較的内陸型の開発となっていて、過疎化の進行に拍車をかけるものであること、ハイテク産業に固有の公害がすでに多発していること、地域企業にたいする技術高度化支援策(異業種交流事業、テクノマート、特別融資制度など)にしても、その恩恵に浴することが可能なのは、一部有力企業に限定されること、テクノポリスの計画作成、事業遂行過程に広範な住民参加、議会の関与が欠落していたために、地方自治の観点から問題があるなどが実態である。
筆者はすでに、全国の指定地域の半分位の地域を訪れ、いくつかの文章をかいた(3)が、本稿では、工場誘致=「外人部隊」に基本的によらず、(ただし最近の円高不況その他の状況変化から、この点にも変化が起きている)、地域中小企業の技術先端化に力点を置いたテクノポリスという点で特徴のある浜松地域テクノポリス(地元の構想ではこれを「内発型」テクノポリスと呼んでキャッチフレーズにしている)を 分析し、ハイテク企業中心の地域経済開発の中間決算書を作成したい。
2. 「内発型」テクノポリスの根拠
ともあれ、まず初めに浜松テクノポリスの基本的考え方、あるいはその概要について紹介しておこう。 まず、テクノポリス圏域、これは浜松市を母都市とし、その周辺の浜北市、天竜市、細江町、引佐(いなさ)町の3市2町から成り立っており、この圏域にクラスター(ブドウの房)状に開発区を、住宅用地をバランスよく配置し、工業開発の一体性をはかる(4)とされてい る。
工業開発の方向については、浜松地域に従来から存在する輸送用機械(自動車、自動二輪車)、楽器、維維の三大産業と、近年進展著しい電子関連企業群の企業集積と技術基盤に注目し、この高度化すなわち「内発型の高度技術産業」の育成を最も重要な課題とし、そのための先導的・補完的役割を果たす企業を地域外から計画的に導入するとしている。
そして、地域企業の技術高度化の方向としては、光技術産業、高度メカトロニクス産業、ホームサウンド・カルチャー産業、家庭映像情報システム産業を目指すものとし、その支援策として、産・学・官の共同研究、異業種交流、公設試験研究機関の充実強化などを進めるとしている。 また、工業開発の目標水準については、1990年のテクノポリスの概成時までに、工業出荷額、工業付加価値額、工業従業者数の伸びをそれぞれ、年平均6・4パーセント、7・5パーセント、1・6パーセントだけ見込み、2兆8,910億円、1兆300億円、11万9,500人と設定している。
このように、浜松地域テクノポリスの特色は、三大産業の技術集積を基盤として踏まえつつ、そこから新たに派生しつつある、光産業、メカトロニクス、電子楽器産業などを、基本的には域内から創出し展開をはかろうという、「内発型」テクノポリスである。 「内発型」テクノポリスの課題については後述するが、それではなぜ浜松において、かかる方向性が志向されたのか、それは単に三大産業を基盤にした企業・技術集積が存在するということのほかに、浜松地域という地方工業都市における一定の技術連鎖に基因していると考えられる。
大塚昌利氏は、浜松地域を浜松市、浜北市、可美村(浜松市に吸収合併された)、舞阪町、雄踏町、磐田市、 天竜市、湖西市から成る広域的地域ととらえ、そこにおける工業地域の特性を「複合工業地域」としている。(5)すなわち、「地方工業都市浜松市を中核として、浜松市の工業が拡大する過程で形成された周辺部を含む浜松地域の工業化について、先発工業が核となって新しい工業を発生させ、先行産業が工業地域の形成とその持続に、大きく貢献した」とされる。(6)
具体的には第1図にみるように、藩政期にすでにはじまった綿織物工業が染色・整理加工業を分化・独立させ、紡績工業を派生・展開させるなかで、織機をはじめとする繊維機械工業を成立させた。ちなみに現在のスズキ自動車の前身は、織機メーカーである鈴木式織機(1908年創業)である。また、天竜木材の集散地であった浜松市には、製材業が発達したが、ここから木工業、刃物工業が派生し、刃物工業が基礎となって、木工機械工業の発生をみた。
このように、綿織物業および木材工業という二つの素材加工部門が先行産業となって、機械工業という後発産業を生み出して いった。 1888(明治21)年に設立された山葉風琴(オルガン)製造所(ヤマハ=現在の日本楽器製造株式会社)に代表される楽器工業の発生は、のちに家具をはじめとする木工業と合板工業 を派生させ、合板工業から第二次大戦中の軍需産業としておこなわれた木製プロペラは、戦後、生産設備を利用して二輪車工業を生み出した。
浜松地域の二輪車工業は、本田宗一郎(現本田技研の創業者)が、同市三方原(みかたばら)台地に、1933(昭和8)年に設置された陸軍航空隊の飛行場に放置されていた、無線機用発動機を改良して、自転車に取り付けたことから起こった(1946年)といわれる。
鈴木式織機が二輪車工業に参入したのは1952年、ヤマハ発動機が日本楽器製造の全額出資により設立されたのは1955年のことであった。二輪車工業には直接的な先行産業は存在しなかったが、数多くの繊維機械工業が部品メーカーとして転換し、下請取引構造を形成していった。
鈴木式織機は1954年に鈴木自動車工業と社名を変更し、以後四輪車部門へ進出した。 以上のような経過を経て、繊維・楽器・自動車という浜松の三大産業が成立し、 ここから近年エレクトロニクス、光産業などいわゆる先端産業が芽生えつつあるのが現状である。
こうした技術的展開を支援していこうというのが「内発型」テクノポリスの実体=史的基盤にほかならない。 ところで、この三大産業を基盤として派生しつつあるとされる先端産業群が、浜松地域経済のなかでどれほどのウエイトをもっているのか、換言すれば、育成するに値する現実的基盤をどれほどもっているかを判断する客観的データーを、われわれはまだ持っていない。
この点を間接的に推定しうる資料として、以下3つの統計数値を検討してみよう。 まず、静岡県工業の推移を示した第1表にみられるように、1975年以降(昭和50年代)、県全体としては重化学工業化が進展していることがわかる。1980年代には、重化学工業が出荷額で6割にたいして、軽工業が4割という構成になっている。
重化学工業化率の上昇の理由は、機械工業の出荷額のウエイトの上昇にあることは明らかであり、なかでも電気機械の伸びが著しく、1970年の6.4パーセントから1983年の11.1パーセントへと、4.7パーセント上昇している。先端技術産業については、1983年で8.5パーセントというレベルであるが、1970年から4パーセント上昇しており、構成比を倍増させている。
そこで、この先端技術産業の内訳を示した第2表によってみると、静岡県の先端産業は、構成比は落ちているものの、医薬品の占めるウエイトが高いことがわかる。1983年で電子工業の46.6パーセントにたいし50.0パーセントを維持している。電子工業のウエイトの上昇に貢献したのは、電子応用装置とウエイトは小さいが電気計測器である。また静岡県にあっては、集積回路(IC)を含む電子・通信機器部品のウエイトが小さいことが特色である。第2表には現われていないが、これら電子工業の先端産業全体に占める事業所数のウエイトは91.4パーセント(1983年)と圧倒的であり、従業員数も72.8パーセント(同年)と高く、このことは静岡県の電子工業が多数の小事業所から成り立っていることを示している。ともあれ、静岡県全体としてみた近年の先端技術化には著しいものがあり、県がテクノポリス計画に寄せる熱意の大きさが知れよう。
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重化学工業 化 学 鉄鋼 非鉄金属 金属製品 一般機械 電気機械 輸送機械 精密機械 小計 うち、自動車など |
56.8 10.2 1.6 5.6 4.2 9.0 6.4 18.1 0.9 34.4 15.9 |
56.8 9.3 1.6 4.5 4.7 8.4 8.7 18.2 0.9 36.2 |
55.4 9.7 1.3 4.9 4.1 9.2 6.6 17.8 0.9 34.5 15.2 |
58.0 10.0 1.6 4.9 4.0 6.7 9.5 19.5 0.9 36.6 17.5 |
59.3 9.6 1.8 5.4 4.0 6.7 9.6 20.0 0.9 37.2 18.5 |
61.3 11.0 1.7 4.4 4.4 6.9 11.1 20.1 0.8 38.9 18.8 |
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先端技術産業 うち、電子工業 |
4.5 2.1 |
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5.7 1.8 |
6.4 2.6 |
6.3 2.6 |
8.5 3.9 |
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事務用機器 産業用Robot |
(102) (0) |
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(261) (2.4) |
(350) (X) |
(713) (14.5) |
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軽 工 業 食料品 繊維 製材・木工 紙・パルプ 楽器など |
43.2 10.5 5.4 5.1 10.7 4.3 |
43.2 10.3 4.9 5.2 10.4 |
44.6 12.6 4.0 4.4 10.0 4.2 |
42.0 12.5 3.3 3.6 8.6 3.9 |
40.7 11.9 2.8 3.6 8.9 3.2 |
38.7 12.3 2.5 2.3 8.0 3.5 |
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100.0 |
100.0 |
100.0 |
100.0 |
100.0 |
100.0 |
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先端技術産業 |
100.0 |
100.0 |
100.0 |
100.0 |
100.0 |
100.0 |
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医薬品 通信・同関連機器 電子応用装置 電気計測器 電子・通信機器部品 電子管 半導体素子 集積回路 |
71.1 16.8 4.4 4.2 |
51.4 38.6 2.5 3.1 1.6 0.8 |
62.4 19.0 6.4 2.1 5.0 0.7 0.0 |
54.3 22.2 11.0 2.6 5.0 1.2 0.2 |
52.8 19.6 12.9 4.0 5.4 1.4 0.3 0.2 |
50.0 17.8 19.7 4.5 4.5 0.6 0.7 0.2 |
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小計(電子工業) |
25.4 |
46.1 |
32.35 |
40.9 |
42.0 |
46.6 |
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医療用機器 光学機械用レンズ |
1.8 1.7 |
2.3 0.3 |
4.9 0.2 |
4.5 0.2 |
5.0 0.2 |
3.3 0.1 |
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出荷額 (1980) |
構成比 (1980) |
出荷額 (1990) |
(1990) |
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(金属製品) 加工組立型工業 (一般機械) (電気機械) (輸送機械) 生活関連型工業 (楽器その他) |
2,282 1,074 6,803 827 740 5,130 6,528 2,706 |
14.6 6.9 43.4 5.3 4.7 32.7 41.6 17.3 |
4,450 2,000 15,200 2,150 3,350 9,650 9,250 4,250 |
15.3 6.8 52.6 7.5 11.7 33.4 32.1 14.6 |
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15,613 |
100.3 |
28,900 |
100.0 |
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出荷額 (2000) |
(2000) |
価値額 (2000) |
1980 年平均伸び率 |
1990 年平均伸び率 |
1980 年平均伸び率 |
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8,300 3,950 31,700 4,400 11,000 16,300 12,700 6,200 |
15.8 7.5 60.1 8.3 20.9 30.9 24.1 11.8 |
3,137 1,742 12,300 2,121 4,543 5,167 4,763 2,288 |
6.9 6.3 8.4 10.1 16.4 6.6 3.6 4.6 |
6.5 7.1 7.6 7.3 12.6 5.4 3.2 3.9 |
6.7 6.7 8.0 8.7 14.5 6.0 3.4 4.3 |
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52,700 |
100.0 |
20,200 |
6.3 |
6.2 |
6.3 |
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光部品 光電管等 レンズ等 光ファイバ等 その他光部品等 小 計 |
5 6 4 1 16 |
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光機器 光センサ等 レーザ加工機等 光ディスク等 試験装置等 布設機器 光ファイバ製造装置等 小 計 |
20 5 7 2 2 1 37 |
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光通信システム (システムハウスを含) 光通信システムを導入・利用 レーザ賃加工 |
8 4 11 |
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76 (うち重複企業7社) |
